地名の由来

名古屋

熱田神宮 二十五丁橋(愛知県名古屋市熱田区)

あつたじんぐう にじゅうごちょうばし25枚の敷石(石材)からなる橋で、このことから名がついた(地名の由来)西行が熱田神宮を参拝し、この橋のたもとで「かくばかり 木陰すずしき 宮立ちを 誰が熱たと 名づけ初めけむ」と和歌を詠んだすると「やよ法...
館山南房総

駒穴(千葉県鴨川市)

こまあな馬の蹄跡が残る石が多いことに気付いた源頼朝が、洞穴で一頭の馬を発見したこの馬が後に源義経に譲られた太夫黒であるとされる(名馬伝説)この馬を洗った川を名馬川、また太夫黒を見つけた場所なので一帯は太夫崎と呼ばれた(地名の由来)『日本の伝...
館山南房総

日本寺 梵鐘(千葉県鋸南町)

にほんじ ぼんしょう元亨元年(1321年)下野国で鋳造され、永徳2年(1382年)に鎌倉を経て、その後日本寺に納められた鐘日本寺の下の海中に光るものがあり、鐘が引き上げられたことから、岬は明鐘岬と呼ばれた(沈鐘伝説:地名の由来)『日本の伝説...
東金九十九里

おせんころがし(千葉県勝浦市)

おせんころがし強欲な領主が年貢率を上げたため領民がこれを襲い断崖に投げ落としたが、領主の娘が身代わりになっていた(孝子)領主の求愛を拒んだ娘に代わって父親を簀巻きにして断崖から投げ落としたが、娘がすり替わっていた(子女受難)継母が継子に断崖...
千葉木更津

鬼泪山(千葉県富津市)

きなだやま日本武尊が鬼(阿久留王)を退治した時、鬼が涙を流して謝ったことから名付けられた(化け物退治:地名の由来)62歳になるとこの山に捨てられる慣習があった(姨捨伝説)父親を籠に乗せて山に捨て、天秤棒を持って帰ろうとする息子に「天秤棒を持...
千葉木更津

神野寺(千葉県君津市)

じんやじ日本武尊がこの一帯で阿久留王と戦ったが、諸神が現れて加勢したとされる聖徳太子は上の縁起を知ってこの地に建立したのが神野寺であり、関東一の古刹と言われる(創建伝説)造営の際に多くの鹿が手伝いに現れたことから、この一帯は鹿野山と呼ばれる...
千葉木更津

貞元親王墓(千葉県君津市)

ていげんしんのうはか清和天皇の第3皇子であった貞元親王は故あって上総国へ行き、ここで亡くなったとされる(陵墓)親王は近江国からレンゲ草(草本)の種を持ち込んで稲作の肥料として広めたため、この地では“貞元草”や“親王草”と呼ばれる(起源伝説)...
千葉木更津

畳ヶ池(千葉県木更津市)

たたみがいけ村の者が源頼朝一行を歓待するため、池の周りに畳(敷物)を敷いたことから名付けられた(地名の由来)頼朝が池の葦を折って箸にしたが口を切り、怒って池に捨てたため葦が生えなくなった『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.59千葉県...
千葉木更津

吾妻神社(千葉県木更津市)

あづまじんじゃ上総に上陸した日本武尊の一行が、走水で入水した弟橘媛の着物の袖(衣類)を発見して祀った(袖ケ浦の地名の由来)日本武尊一行が姿を映して身支度した、あるいは弟橘媛の遺品の鏡を沈めたとされる鏡池がある『日本の伝説6 房総の伝説』(角...
千葉木更津

吾妻神社(千葉県袖ケ浦市)

あづまじんじゃ弟橘媛の遺体を車で運んでいたが、途中で動かなくなってしまったため、その地に埋葬した吾妻神社内にある臂松古墳が墓所とされる三黒の地名は弟橘媛の遺骸(むくろ)が転訛したものとされる(地名の由来)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書...