地名の由来

佐倉成田銚子

犬岩(千葉県銚子市)

いぬいわ源義経が奥州へ逃れる際、ここから船を使った急いで船を出したので愛犬を残してしまい、犬は7日7晩鳴いて岩に変じた(化身した石)この犬の名が“若丸”であり、犬若の地名の由来とされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.47千葉県銚...
佐倉成田銚子

甚兵衛渡し(千葉県成田市)

じんべいわたし印旛沼にある渡し場跡で、昭和43年(1968年)まで利用されていた佐倉惣五郎(義民)が江戸へ訴状を出しに行く際、この渡しを使った渡し守の甚兵衛は藩の禁を破って惣五郎を船に乗せ、その後で沼で自害した(地名の由来)『日本の伝説6 ...
佐倉成田銚子

吉次沼(千葉県印西市)

きちじぬま金売り吉次兄弟がこの地を通りがかった時、荒神左近という盗賊が兄弟を殺して金品を奪った吉次兄弟の墓があったが、宝永元年(1704年)の洪水で流され、その一帯は沼になってしまったため名がついた(地名の由来)『日本の伝説6 房総の伝説』...
新潟村上

石船神社(新潟県村上市)

いわふねじんじゃある時、石の船に乗った人(異人)がやって来て一夜の宿を請うたところ、お産で忙しい漁夫が1軒だけ応じた翌日良い天気にもかかわらずその人は不漁を予言し、荒れた別の日は大漁を予言して当てたので、崇められた(創建伝説)天磐船に乗った...
新潟村上

福島潟(新潟県新潟市北区)

ふくしまがた真野長者の一人娘のお福は、僧に懸想したが断られたため、僧を追って抱きかかえたまま紫雲寺潟へ飛び込んだ(愛着執心)お福はそのまま蛇体となり(変身譚)、しばらくその紫雲寺潟に棲み着いた享保年間(1716~1736年)に潟が埋められて...
新潟村上

七色の池(新潟県新潟市秋葉区)

なないろのいけ父神の素戔嗚尊からはぐれた姫神(市杵島姫:宗像三女神)がこの地に降り立ち、海を眺めて日を過ごしていた7人の子供が浜にやって来て姫神を慰めたので、しばらく楽しく暮らすことができたある時大津波が押し寄せ、子供たちを全てさらってしま...
新潟村上

間手橋(新潟県新潟市西蒲区)

まてばし以仁王の乱(源平の戦い)の後、菖蒲御前と共に源頼政も越後に逃れ、この地で別々に住んだ(生存説)毎日のように2人は会ったが、頼政はいつもこの橋で御前を待っていたためこの名が付いた(地名の由来)『日本の伝説41 越後の伝説』(角川書店)...
長岡魚沼

巻機山(新潟県南魚沼市)

まきはたやま母の病気を治す薬草を求めて里の若者が巻機山に登ると、頂上の方から機織の音が聞こえた(地名の由来)若者が近寄ると、美しい女性が機織をしており、事情を話すと薬草を採ってきてくれたさらに共に山を下り、母の病気を治し、村の娘に機織りの技...
長岡魚沼

枝折峠(新潟県魚沼市)

しおりとうげ平清盛により追放された尾瀬中納言(尾瀬三郎:伝承の男性)は、越後に流されたさらに山奥に分け入ったところ道に迷い、難儀していた三郎の前に童子が現れた童子は枝(枝葉)を折りながら一行を道案内し、無事に峠に着くと姿を消した(地名の由来...
長岡魚沼

米山(新潟県柏崎市)

よねやまかつて泰澄と沙弥という2人の僧が山頂に庵を結んで修行していた沙弥は術を使って鉢を飛ばし、食べ物などを恵んでもらっていた(飛鉢伝説)ある時出羽の清定の船に米一杯を所望したが、断られたため、術を使って船の米俵を全て山に運ばせた清定が詫び...