諏訪伊那飯田大池(長野県大鹿村) おおいけ鹿塩七不思議の1つとされる池紙に書いて頼むと膳や椀を貸してくれるとされた(椀貸伝説)庄屋(長者)が借りた時、壊れた椀を返さなかったが、いつまでも池に浮かんでいたので持ち帰ったところ、池の水が溢れて田畑を流し、家は没落した(長者の没落... 2025.01.28諏訪伊那飯田
諏訪伊那飯田大御食神社(長野県駒ヶ根市) おおみけじんじゃ祭神である日本武尊が東征の帰路にこの地を立ち寄り、杉の木(日の御蔭杉)の下で休憩したこの杉の木は建御名方神が国造りの際に愛でたとされる日本武尊の愛妾であった宮簀媛(五郎姫神)も祭神として勧請したことから、周辺の叢林を“美女ヶ... 2025.01.28諏訪伊那飯田
諏訪伊那飯田承知橋(長野県下諏訪町) しょうちばし武田信玄が川中島の戦いから戻る際、この橋まで来ると馬が動かなくなった戦勝祈願の約束を思い出し、下馬して「神のお告げ、承知仕った」と言って帰国したという(地名の由来)当時の橋石(一枚岩:巨石)が近くの道路脇の壁面に埋め込まれ保存さ... 2025.01.28諏訪伊那飯田
木曽松本大町鼠石(長野県松川村) ねずみいし石の中央に穴があり、有明山頂や善光寺に通じていると言われる(痕が残る石)穴の主は鼠で、必要な数の膳椀を貸していたが、不心得者が詫びを入れなかったため貸さなくなった(椀貸伝説)この石の名が地名の由来となっている『日本の伝説3 信州の... 2025.01.27木曽松本大町
木曽松本大町太田清水(長野県塩尻市) おおたしみず挙兵した木曽義仲が、馳せ参じた乳母子の今井兼平とこの地で出会ったこの湧水で兼平が馬の足を洗ったところ、たちまち馬が元気となり、この地は洗馬と呼ばれた(地名の由来)近くの「邂逅の清水」にも全く同じ伝承あり『日本の伝説3 信州の伝説... 2025.01.27木曽松本大町
木曽松本大町鯉岩(長野県南木曽町) こいいわ形が鯉が飛び跳ねているように見えるために名付けられた巨石(奇岩怪石)明治時代の大地震のために頭部が崩落したこの岩のそばで木曽義仲と巴御前が別れを惜しんだことから「恋岩」ともいう(恋野という地名の由来)鎌倉時代あるいは戦国時代の武将の... 2025.01.27木曽松本大町
長野千曲飯山一夜山(長野県長野市) いちやさん鬼無里の里に遷都しようとしたところ、鬼女(巨人)が妨害のために里の中央に山を一夜で築いた(一夜作り伝説)怒った天武天皇は、阿倍比羅夫を派遣して鬼女を退治させた(化け物退治)それまでは水無瀬村と呼ばれていたが、鬼を退治したので「鬼無... 2025.01.26長野千曲飯山
名護国頭源為朝上陸記念碑(沖縄県今帰仁村) みなもとのためともじょうりくきねんひ伊豆大島から九州を目指した源為朝が嵐によって琉球に漂着した(貴種流離譚)嵐の時に「運を天に任せる」と言って漂着した港なので、運天港と呼ばれるようになった(地名の由来)大正時代に記念碑が建つ『日本の伝説2 ... 2025.01.14名護国頭
浦添宜野湾牧港テラブのガマ(沖縄県浦添市) まきみなとてらぶのがま琉球に漂着した源為朝は、大里按司の妹との間に一子(後の舜天王:琉球の名族)をもうけた(生誕伝説)為朝は再度本土を目指すが、妻子を連れて行くことが出来ず、妻子はこのガマ(洞穴)で待ったとされる牧港の名は、為朝の帰りを妻子... 2025.01.09浦添宜野湾
那覇糸満南城十貫瀬の七つ墓(沖縄県那覇市) じっかんじのななちばーかー岩山の上に7基の墓所があることから“七つ墓”と呼ばれるまた一部の岩山の上に銭10貫(貨幣)が置かれてあったが、数年経ってもそのままだったことから“十貫瀬”と呼ばれるようになった(地名の由来)近所のお菓子屋に飴を買い... 2025.01.06那覇糸満南城