堤防

唐津伊万里

龍宮神社 もっこ踊り(佐賀県伊万里市)

りゅうぐうじんじゃ もっこおどり唐津藩主・寺沢広高(大名)が干拓を進めるに当たり、潮止め横土井堤(堤防)を造営したが難工事となった堤防完成のために人柱が立てられ、庄屋の某が犠牲となった龍宮神社の“もっこ踊り”は人柱慰霊の祭礼とされ、神官を中...
秩父

姿の池(埼玉県横瀬町)

すがたのいけこの池を造成する際、1ヶ所すぐに切れる堤防があり、何度も失敗が続いたそこへ巡礼の娘(巡礼六部)が通りがかったため、村人はすぐさま人柱にして池を完成させた慰霊のために地蔵を池のほとりに建てたが、若い娘が地蔵に呼ばれて身を投げる祟り...
行田春日部

川俣締切跡(埼玉県羽生市)

かわまたしめきりあと文禄3年(1594年)におこなわれた利根川治水(堤防)の最初期の工事跡この時人柱となった行者(行者山伏)を祀った締切神社の石碑が横にある(祠は現存せず)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.55埼玉県羽生市 上新...
薩摩川内出水

長崎堤防(鹿児島県薩摩川内市)

ながさきていぼうたびたび起こる川内川(河川)の氾濫を治めるため、藩は小野仙右衛門(藩士)を奉行として堤防を造らせた失敗を繰り返したため、堤防を築く位置を示す代わりに横はぎの着物を着た者を人柱を立てることを約束した長縄を流して場所を決めた後、...
鹿児島霧島

河伯祭場址碑(鹿児島県霧島市)

かはくさいじょうあとひ長雨で水害が起こるのを防ぐため河童に人身御供をする慣わしがこの地にあったこの地に配流された和気清麻呂に、身の回りの世話をしていた稲積翁(地方豪族)が役人と巫女の奸計(悪事)であると注進して中止させた人身御供のために集め...
身延市川三郷

鳥塚(山梨県市川三郷町)

とりづか芦川(河川)に堤防を設けて流れを変えたが、たびたび水害に遭っていた人柱に代わって、生きたままのつがいの鶏を埋めて祠を建てたところ、水害が起こらなくなった『日本の伝説10 甲州の伝説』(角川書店)p.108山梨県市川三郷町 市川大門
甲府韮崎北杜

信玄堤(山梨県甲斐市)

しんげんづつみ龍王川除場(りゅうおうがわかわよけ)と呼ばれる堤防施設で、川の流れを巨石や岩壁によって調整する仕組みを持つ武田信玄が治水のために釜無川(河川)に約20年掛けて設け、永禄3年(1560年)に完成したとされる『日本の伝説10 甲州...
八尾河内長野

堤根神社 茨田堤(大阪府門真市)

つつみねじんじゃ まんだのつつみ仁徳天皇時代に造営された堤防の名残が、約30mほど続く堤完成のため人柱に選ばれたうち、茨田連衫子(まんだのむらじころもこ)は瓢箪が沈めば人柱になると誓い、人柱を免れた堤根神社が衫子ゆかりの地とされ、“浮かびひ...
大阪

強頸絶間跡(大阪府大阪市旭区)

こわくびたえまあと仁徳天皇の頃、淀川治水のために茨田の堤(堤防)を造るが、2箇所の決壊点(絶間)があるため、2人の人柱を立てたうち一人の武蔵強頸は嘆き悲しみながらも、命ぜられるまま人柱となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.18...
佐倉成田銚子

片歯の梅(千葉県成田市)

かたはのうめ龍角寺七不思議の1つで、坂田ヶ池の岸辺にある坂田ヶ池の堤防が切れて難儀していたところ、ある女が人柱を立てることを提案して、自分が埋められてしまった堤防にいつしか梅の木が育ったが、成った実はすべて歯形のような跡がついていた人柱とな...