大名

唐津伊万里

龍宮神社 もっこ踊り(佐賀県伊万里市)

りゅうぐうじんじゃ もっこおどり唐津藩主・寺沢広高(大名)が干拓を進めるに当たり、潮止め横土井堤(堤防)を造営したが難工事となった堤防完成のために人柱が立てられ、庄屋の某が犠牲となった龍宮神社の“もっこ踊り”は人柱慰霊の祭礼とされ、神官を中...
唐津伊万里

浄泰寺 安田作兵衛の墓(佐賀県唐津市)

じょうたいじ やすださくべえのはか本能寺の変(謀反)で織田信長に一番槍をつけたとされる、安田作兵衛国継(戦国武将)の墓所旧友の寺沢広高といずれかが出世したら禄高の十分の一で召し抱えるとの約束をしており、広高が唐津の大名となったため、家臣とな...
唐津伊万里

近松寺(佐賀県唐津市)

きんしょうじ文禄2年(1593年)に唐津の領主となった寺沢広高(大名)が再興し、その諡号である“近松寺殿”から寺名が採られた(名称の由来)境内に近松門左衛門の遺髪塚(墓所)がある墓石碑文では4世住職の遠室禅師(名僧)の下で学僧として修行した...
唐津伊万里

虹の松原(佐賀県唐津市)

にじのまつばら海岸線(浜海岸)にある長さ4.5km、幅約500mの松林(叢林)唐津藩初代藩主・寺沢広高(大名)が砂防林として植林したのが始まりとされる(起源伝説)豊臣秀吉にまつわる七不思議があり、一喝したため蝉(昆虫)が鳴かなくなった(音止...
武雄多久小城

祐徳稲荷神社(佐賀県鹿島市)

ゆうとくいなりじんじゃ花山院萬子媛(姫君)が、肥前鹿島藩主・鍋島直朝(大名)に嫁ぐ時に伏見稲荷大社の分霊を授かった貞享4年(1687年)に萬子媛は石壁山に分霊を祀る社殿を建て、自らその地で神仏への奉仕を始めた(創建伝説)宝永2年(1705年...
武雄多久小城

清水の滝(佐賀県小城市)

きよみずのたき高さ75m、幅13mの滝で、別名“玉簾の滝”と呼ばれる近くの清水観音宝地院の滝行がおこなわれる霊場とされる肥前藩6代藩主(大名)の鍋島宗教が大病を患った時、藩士の倉永清雄が病気平癒の祈願で滝に打たれ凍死した天明7年(1787年...
佐賀鳥栖

本庄神社 楼門の猿(佐賀県佐賀市)

ほんじょうじんじゃ ろうもんのさる名匠と言われた詫田の番匠(大工)が慶長17年(1612年)に造った楼門の上に飾られた、2匹の猿の木像夜な夜な門から下りて近くの田畑を荒らしているのが見つかり、村人が藩主の鍋島直茂(大名)に訴えた(動く絵や像...
佐賀鳥栖

万部島(佐賀県佐賀市)

まんぶじま佐賀城の鬼門に当たる、堀と川に囲まれた中洲で、永正2年(1505年)に龍造寺家兼(戦国大名)が国家安泰・万民安楽を願って法華経(経典)一万部の誦経(宗教儀式)をおこなった以後明治維新になるまで、肥前藩の藩主(大名)が誦経を執りおこ...
佐賀鳥栖

松原神社 松原河童社(佐賀県佐賀市)

まつばらじんじゃ まつばらかわそうしゃ 松原神社の祭神は肥前藩祖・鍋島直茂(大名)で、その法号を採って“日峯大明神”とも呼ばれる工事の人手不足解消のため、兵部大輔が呪術を使って人形を働かせ、その後川に棄てたところ河童となった近くを流れる松原...
佐賀鳥栖

與止日女神社 大楠(佐賀県佐賀市)

よどひめじんじゃ おおくす熊襲(隼人熊襲)の首領・川上梟帥討伐に赴いた日本武尊が、この地に生えた楠の大木を見て「この国は栄(さか)の国」と言い、佐賀の地名の由来となった明国の名僧・如定はこの楠の木を見て「大唐でも見られない巨木」と賞し、肥前...