屋敷跡

和泉式部宮(大阪府堺市西区)

いずみしきぶのみや和泉式部が、夫の橘道貞が和泉守として赴任した長保元年(999年)頃に一緒にやって来て、共に住んだ屋敷跡とされる和泉式部旧居跡とも呼ばれる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.43大阪府堺市西区 平岡町
大阪

越中井(大阪府大阪市中央区)

えっちゅうい豊臣時代にあった細川忠興(戦国大名)の屋敷跡で、台所があった場所にある井戸関ヶ原の戦い直前、細川ガラシャ(貞女)がこの場所で自害を果たした『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.26大阪府大阪市中央区 森ノ宮中央
輪島珠洲

太夫の森(石川県穴水町)

だゆうのもり海岸沿いにある津無良山(つぶらしやま)という丘で、加賀宝生流の祖とされる諸橋権之進(能狂言師)の屋敷跡といわれる叢林丘の上には祠が建つ『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.111石川県穴水町 前波
加賀小松

長者屋敷跡(石川県加賀市)

ちょうじゃやしきあとこの地には牛首長者が住んでおり、そこに龍の化身である娘が一緒に暮らすようになった長者の死後、娘は龍に戻ったが、その脇には3枚の鱗が生えていた屋敷は砂嵐で一夜のうちになくなり、海岸(浜海岸)にある奇岩怪石が屋敷跡とされる(...
加賀小松

仏御前屋敷跡(石川県小松市)

ほとけごぜんやしきあと平清盛の寵愛を受けた仏御前の生誕地(屋敷跡)にある墓所(生誕伝説)清盛の子を死産した後この地に戻ったが、若くして亡くなった一説では、村の女達が嫉妬から仏御前を殺したため、昼間にお産すると必ず大風(嵐)が吹く(祟り)『日...
加賀小松

布市神社 力石(石川県野々市市)

ぬのいちじんじゃ ちからいし富樫氏(武家)の屋敷跡に建つ神社にある弁慶が単身で富樫の館を訪れ、宴席で投げ飛ばした石とされる雨乞い(祈雨)に使われていたが、その後割れて、力石として使用されるようになった『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角...
金沢

猿丸神社(石川県金沢市)

さるまるじんじゃ猿丸太夫が滞在した居住跡(屋敷跡)とされる猿丸太夫が被っていた笠(雨具)が風で飛ぶのを見て、この地の名を笠舞とした(地名の由来)丑の刻参りの地として有名であった『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.17石川県金...
広島廿日市

吉川興経の胴塚(広島県広島市安佐北区)

きっかわおきつねのどうづか毛利元就によって強制的に隠居させられた吉川興経(戦国武将)は、隠居所で暗殺された隠居所の屋敷跡(吉川興経居館)に遺骨を納めた興経の墓(胴塚)がある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.41広島県広島市安佐北...
名古屋

景清社(愛知県名古屋市熱田区)

かげきよしゃ平家滅亡後、平景清が隠れ住んだ屋敷跡地に建つ景清は熱田潜伏中に遊女と懇ろになり、女児を一人もうけた眼病が酷くなり、名刀・痣丸を熱田神宮に奉納した(戦国時代、この刀剣を所持した者は失明など目に障害を持った:災いの器物)『日本の伝説...
名古屋

氷上姉子神社(愛知県名古屋市緑区)

ひかみあねごじんじゃ熱田神宮の境外摂社で、日本武尊の妃・宮簀媛の父の屋敷跡に媛を祭神として創建された(創建伝説)草薙剣(刀剣)がこの地に祀られていたが、それを御神体として遷して熱田神宮が創建された神社に雷(雷神)が落ちた時、祭神に捕らえられ...