呉竹原東広島

ホボロ島(広島県東広島市)

ほぼろじま安芸津の海に嫁入りしたホボロ島であるが、年月が経つにつれて痩せ細っている小粒虫(甲殻類)が凝灰岩の島を食い荒らす生物侵食によって、近い将来消滅するとされる(自然現象)21世紀初頭の段階で、満潮時に周囲20m、高さ6mの大きさしかな...
呉竹原東広島

引島(広島県江田島市)

ひきしま江田島の沖300mにある無人島平清盛が開削した音戸ノ瀬戸をふさぐために、鬼が島を引っ張ってきたが、途中で力尽きてここに置かれた弁慶が島を引っ張ったため、南北に細長い形になった(地形の由来)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p...
広島廿日市

碇神社(広島県広島市中区)

いかりじんじゃ約1300年前からあったとされる、広島の城下町の最古社かつてこの一帯は“白島”と呼ばれる海に浮かぶ島で、上陸して航海の安全を祈願するために碇(船装備)を下ろしていた(名称の由来)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.3...
広島廿日市

小己斐明神(広島県広島市西区)

こごいみょうじん平清盛が厳島神社造営の際に木を伐りだし、刻印を付けてこの浜から送り出したことから“刻印の明神”と言われる元は夫婦の島から成ったが、埋め立てによって女島がなくなり、男島がそのままの形で公園に残る『日本の伝説21 広島の伝説』(...
広島廿日市

津久根島(広島県広島市佐伯区)

つくねじま財を成した湯蓋道空(長者)には息子があったが、天邪鬼な性格のためいつも親の意見と反対のことばかりしていた道空が死ぬ直前、息子が反対のことをすると予想して、墓所に孤島を指定した息子はこの時だけ親の遺言に従って、津久根島という孤島に墓...
豊橋豊川新城

仏島(愛知県蒲郡市)

ほとけじま満潮時には波間に隠れてしまう、周囲を岩礁で囲まれた無人島石塔を運んでいた船が島の近くで突然沈み、船乗りの兄弟が島に向かって泳ぎだした島を見ると、何体かの白衣の亡者(幽霊)が手招きしており、怖くなった兄弟はからがら浜へ逃げ泳いだ後日...
津島常滑知多

帝井(愛知県南知多町)

みかどい延元3年(1338年)に後醍醐天皇の皇子・義良親王が東北へ向かう途中、嵐で篠島に漂着した。その時、島民が親王のために真水の出る井戸を掘ったもの親王は半年後吉野に戻り、翌年即位して天皇となったため、“帝井”の名が付けられた(地名の由来...
館山南房総

仁右衛門島(千葉県鴨川市)

にえもんじま周囲約4kmの、代々平野仁右衛門が所有し居住する島安房にあった源頼朝が長狭六郎の襲撃を受け、一時的にこの島の洞穴に逃げ込んで難を逃れたこの時に頼朝から、島の所有者の仁右衛門に“平野”の姓と、周囲の漁業権が与えられた(姓名の由来)...
館山南房総

増間島(千葉県南房総市)

ますまじま大房岬にある小島約10km程内陸にある増間村から大水の時に川を下って流れていった中洲とされる(地形の由来)毎年正月には、増間村の人が島を訪れて注連縄を張っていた増間村は平家の落人(または大坂の陣の落人)が開いた村とされ、半島上陸の...
館山南房総

浮島(千葉県鋸南町)

うきしまデーデッポ(巨人)が安房国に移動した折、咳払いをして口から飛び出したのがこの島であるとされる(地形の由来)日本武尊の死後、父の景行天皇が東征と同じ経路で房総へ渡り、浮島に到着したこの島で、同行していた磐鹿六鴈(いわかむつかり:廷臣)...