巨人

指宿枕崎日置

大山祇神社(鹿児島県南さつま市大浦町)

おおやまづみじんじゃ祭礼の時に巨大な草鞋(履物)を作って奉納する慣わしがある(慣習の由来)平家の落人がこれを作り、巨人が棲んでいると思わせて源氏の追っ手を追い払ったとされる大正2年(1913年)に野間神社に合祀されたが、現在も平家の落人の子...
薩摩川内出水

岩どんの岩(鹿児島県薩摩川内市)

いわどんのいわ“岩どん”は山に棲む巨人で、特に悪いこともせず、村人に米を買うよう頼むなどして暮らしていたこの巨人が米を受け取る場所とした岩で、ここに腰掛けていたという(腰掛け石)道路を造るために何度も谷底に落としたが、翌日には元に戻っている...
鹿屋垂水曽於

岩川八幡神社(鹿児島県曽於市)

いわがわはちまんじんじゃ11月におこなわれる祭礼では、約5mの大きさの武人姿をした巨人の“弥五郎どん”が町を練り回る弥五郎どんは、山之口が長男、大隅(曽於)が次男、日南が三男とされ、熊襲(隼人熊襲)の末裔とも武内宿禰であるともされる。『日本...
身延市川三郷

蹴裂神社(山梨県市川三郷町)

けさきじんじゃ桜峠で木花咲耶姫命の侍女が舞を舞っていると、巨人がやって来て一人の袖をむしり取った命が叱り、良いことをなせと命じたところ、山を蹴破って湖水の水を富士川に流して甲府盆地を造った(地形の由来)その後その巨人は神として祀られた(蹴裂...
甲州笛吹

南照院 姥塚(山梨県笛吹市)

なんしょういん うばづか高さ10m、周157mの横穴式古墳谷間の百合姫という大力の山姥が、巨人と競争して一夜で造った塚(一夜作り伝説)聖徳太子が甲斐国へ入った時、乗っていた愛馬が死んだため、それを葬った塚(御馬塚)『日本の伝説10 甲州の伝...
甲州笛吹

踊石(山梨県甲州市)

おどろいし上部にデイラボッチ(巨人)あるいは鬼の足跡(手形足形)が2つ残る、長さ5m、幅2m弱、高さ1m強の巨石(痕が残る石)この上で巨人(または鬼)が踊ったとされるあるいはここまで荷物を運んできたが、大菩薩峠が邪魔で進めなくなってどこかへ...
甲州笛吹

塩ノ山(山梨県甲州市)

しおのやま標高553mの山で、通称“塩山山(えんざんやま)”デイラボッチ(巨人)が2つの山を苧殻の棒で担っている途中で棒が折れたためこの場所に置かれた四方から見える(四方がよく見える)山から“しほうの山”と呼ばれ、それが地名の由来となった『...
甲州笛吹

石森山(山梨県山梨市)

いしもりやま高さ約13mの小山で、数多くの奇岩怪石があるデイラボッチ(巨人)が2つの山を苧殻の棒で担っている途中で棒が折れたためこの場所に置かれた日本武尊が東征の帰途にこの丘に社(山梨岡神社)を勧請し、この周囲にある巨石に腰掛けた(腰掛け石...
館山南房総

浮島(千葉県鋸南町)

うきしまデーデッポ(巨人)が安房国に移動した折、咳払いをして口から飛び出したのがこの島であるとされる(地形の由来)日本武尊の死後、父の景行天皇が東征と同じ経路で房総へ渡り、浮島に到着したこの島で、同行していた磐鹿六鴈(いわかむつかり:廷臣)...
館山南房総

デーデッポの足跡(千葉県鋸南町)

でえでっぽのあしあと富士山に座って東京湾で顔を洗っていた巨人が、安房国へ移動して上総国へ抜けていった時につけた足跡かつては窪地の田んぼとして使われていたが、現在は荒れ地となっている(地形の由来)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.8...