戦国大名

桐生太田館林

▲鏡岩(群馬県桐生市)

かがみいわ金沢峠にある、表面が滑らかで光沢がある岩桐生氏の奥方が大きな鏡が手に入れることが出来なかったため、代わりに使った鏡石桐生城落城の折、桐生親綱(戦国大名)の夫人がこの地まで逃れ、愛用の鏡を石の下に埋めて自害した(落城伝説)『日本の伝...
薩摩川内出水

和睦石(鹿児島県薩摩川内市)

わぼくいし豊臣秀吉が泰平寺を島津征討の本陣としていたところ、住職の宥印法師(名僧)が和睦を斡旋したここで島津義久(戦国大名)と対面して和睦したことを記念して大小2つの庭石を残した(名石)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.73鹿...
鹿児島霧島

髢滝(鹿児島県姶良市)

かもじたき島津義弘(戦国大名)の継室・隈姫は、婚家と実家の戦乱のために離縁された後、化粧料地に入り、そこで自害した(子女受難)滝に飛び込んで自害したが、髪が解けて藤蔓に掛かったことから“かもじ滝”と呼ばれる(地名の由来)『日本の伝説11 鹿...
鹿児島霧島

隈媛神社(鹿児島県姶良市)

くまひめじんじゃ宝現寺跡に建つ神社島津義弘(戦国大名)の継室であった隈姫は、実家の相良氏が島津氏と対立したため離縁されたお化粧田に入った姫は、そこで17日間両家の和睦と復縁を祈願したが上手くいかず自害した(子女受難)憐れに思った義弘は遺言通...
鹿児島霧島

持明院様(鹿児島県鹿児島市)

じみょういんさあ通称“ジメサア”島津義久(戦国大名)の三女で、島津家久(大名)の正室となった亀寿(持明院)の石像(貴人像)人格は優れていたが、器量が良くなかったため、その死後より石像に化粧する風習が伝わった(化粧する像)石像に化粧すると美人...
甲府韮崎北杜

国母地蔵(山梨県甲府市)

こくぼじぞう国母稲積地蔵とも呼ばれる湖の水を抜いて甲府盆地を造ることを提案した地蔵(蹴裂伝説:地形の由来)甲斐国を造ったとされることから国母の名が付けられた(名称の由来)初めは国母の地にあったが、武田信虎(戦国大名)によって法城寺の本尊とし...
甲府韮崎北杜

夢見山 夢見石(山梨県甲府市)

ゆめみやま ゆめみいし標高400mの山で、かつては“夢山”と呼ばれていた嫡男誕生の際、武田信虎(戦国大名)はこの山で宴を開いて昼寝をしていた生まれてくる子が曾我兄弟の弟・五郎であると夢で知らされたこと(夢告)から、夢見山の名が付いた(地名の...
甲府韮崎北杜

大泉寺(山梨県甲府市)

だいせんじ武田信虎(戦国大名)は嫡男誕生の直前に、曾我五郎(曾我兄弟)の生まれ変わりであると夢告された生まれてきた若君(後の武田信玄)は右手を固く握りしめて開けようとしなかった天桂和尚(名僧)は富士の裾野で曾我十郎の幽霊と会い、弟の転生聞き...
甲州笛吹

花魁淵(山梨県甲州市)

おいらんぶち甲斐武田氏(戦国大名)が開発した黒川金山(鉱山)を閉山するにあたり、秘密が漏れるのを怖れてそこで働く遊女を殺した淵の上に舞台を設けて遊女を踊らせ、頃合いを見て舞台もろとも淵に落とした(子女受難:地名の由来)近くを走る国道が閉鎖さ...
大阪

越中井(大阪府大阪市中央区)

えっちゅうい豊臣時代にあった細川忠興(戦国大名)の屋敷跡で、台所があった場所にある井戸関ヶ原の戦い直前、細川ガラシャ(貞女)がこの場所で自害を果たした『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.26大阪府大阪市中央区 森ノ宮中央