戦国大名

七尾羽咋

伊須流岐比古神社 鰯が池(石川県中能登町)

いするぎひこじんじゃ いわしがいけ前田利家(戦国大名)の攻撃に籠城した石動山の僧兵が祈ったところ、池一杯に鰯が出現して飢えをしのいだ(神仏の加護)また“石清水”が訛って“鰯が池”となったともされる(地名の由来)『日本の伝説12 加賀・能登の...
七尾羽咋

末森城址(石川県宝達志水町)

すえもりじょうし佐々成政(戦国大名)との戦いで、前田家の重臣・奥村永福(戦国武将)が籠城した城(戦国の戦い)二ノ丸跡にある池に棲む赤い魚(魚類)は、この戦いで投身して死んだ侍女が化したものとされる(変身譚)『日本の伝説12 加賀・能登の伝説...
福山尾道三原

阿伏兎観音(広島県福山市)

あぶとかんのん正式名称は磐台寺寺を開いた花山院が納めた石像の観音(仏像)は一時行方知れずとなったが、漁夫の見た夢のお告げで沖合から発見された(夢告)現在の観音堂(堂宇)は毛利輝元(戦国大名)が元亀元年(1570年)に建立した安産・子育てのご...
三次庄原

天下墓(広島県安芸高田市)

てんかばか足利義昭の墓所と称する場所京を追われ、毛利氏(戦国大名)の庇護に入った足利義昭は、さらに毛利氏と不和となった毛利氏の許を去った義昭は、山陰の尼子氏を頼ろうとしたが、この地で病に倒れた義昭はこの地に智教寺を建立して隠棲し、数年後病死...
広島廿日市

いぼ地蔵(広島県広島市安佐南区)

いぼじぞう別名・投石地蔵武田光和(戦国大名)が居城の武田山から投げた石(投げ石)を地蔵として祀ったもの祠の隣にある松の葉でいぼをつつくと、いぼが取れるとされる(いぼ取り)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.39広島県広島市安佐南区...
岡崎豊田刈谷

龍海院(愛知県岡崎市)

りゅうかいいん徳川家康の祖父・清康(戦国大名)が「是」の字を握る夢を見た(夢告)龍海院の住職に尋ねると、それは「日下人」という意味で3代後に天下人となる知らせと答えた(頓智話)故事から是之字寺の別名がある『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書...
津島常滑知多

地蔵院 おもだかの井戸(愛知県東浦町)

じぞういん おもだかのいど緒川城主の水野清忠の奥方は子宝に恵まれないため、海から拾い上げられた“かき殻地蔵”に祈願した満願の日に水を汲み上げようと井戸を見ると、中におもだか(草本)の草の上に永楽銭(貨幣)が乗って浮かんでいたおもだかは水野家...
中津宇佐国東

合元寺の赤壁(大分県中津市)

ごうがんじのあかかべ黒田官兵衛(戦国大名)と交戦した城井鎮房は和議を結び、中津に招かれた時に暗殺された同行して中津にあった城井氏の家臣も、止宿していた合元寺で全員討ち取られたその時の戦闘で寺の壁が血に染まり、いくら塗り替えても血が滲み出るた...
山形天童東根

山形城(山形県山形市)

やまがたじょう長谷堂合戦(関ヶ原の戦い)の際に、上杉勢が最上氏(戦国大名)の領地に攻め込んだが、一面霞で覆われたため城攻めを断念した霞(霧)で隠れることで難を逃れたため、別名を霞ヶ城と呼ぶ『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)p.30山形...
佐久上田

笄の渡し(長野県坂城町)

こうがいのわたし天文22年(1553年)に村上義清(戦国大名)の居城・葛尾城が落城した時、奥方は千曲川を渡って逃げ落ちた(落城伝説)手助けをした渡し場の船頭に、礼として髪に挿していた笄(装身具)を手渡したとされる『日本の伝説3 信州の伝説』...