武雄多久小城河童の誓文石(佐賀県武雄市) かっぱのせいもんいし河童(兵主部)は、橘諸兄の孫・兵部大輔島田丸(公家)が春日大社造営の際に人形に命を吹き込んで手伝わせたものの末裔とされ、橘氏の赴任と共に当地に棲み着いた兵主部の悪戯が酷くなったために、上流の橋から下流の岸にある石(目安の... 2026.03.01武雄多久小城
武雄多久小城石造八並の塔(佐賀県武雄市) せきぞうやつなみのとう室町時代頃に造られた、高さ3mの石塔曾我兄弟の兄・十郎の許嫁であった虎御前は、兄弟が仇討ちで落命した後に尼僧となって全国をめぐった小城の岩蔵寺の落慶を聞いて九州へ下った虎御前が、その途中で兄弟の供養のためにこの石塔を建... 2026.02.26武雄多久小城
秩父久昌寺 御手判石(埼玉県秩父市) きゅうしょうじ おてはんいし性空上人(名僧)が秩父巡礼した折、閻魔大王の許で経を読み多くの罪人を成仏させたその礼として閻魔大王から石の判(霊石)と証文(文書)を授かり、それを久昌寺に奉納し寺宝とした『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)... 2025.10.26秩父
川越所沢飯能持明院(埼玉県所沢市) じみょういん寺の南ある曼荼羅淵には河童が棲んでおり、夏になると人間の生き肝を他の河童に中元として贈っていた夏に淵に行く者が減り、困った河童は居合わせた馬を襲ったが、逆に捕らえられた河童は持明院の住職に説教されて改心し(人外の悟り)、人を襲わ... 2025.10.23川越所沢飯能
松江出雲神門寺(島根県出雲市) かんどじ空海がこの地で「いろは四十八文字(文書)」を著し、出雲大社へ参籠の後にこれを広めたとされるその故事から別名・いろは寺とも称する境内に塩冶判官高貞(南北朝の武将)の墓所がある『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店)p.46島根... 2025.09.04松江出雲
松江出雲長見神社 弁慶願状(島根県松江市) ながみじんじゃ べんけいがんじょうこの地(生誕地)で育った弁慶が出雲を出立する前に、母から聞いたその生い立ちや、自分の出生・成長を記した願文(文書)が社宝として残されている『日本の伝説48 出雲・石見の伝説』(角川書店)p.29島根県松江市... 2025.09.04松江出雲
指宿枕崎日置手蓑峠(鹿児島県南九州市) てみのとうげ知覧の領主から急ぎの手紙(文書)を預かった藩士が峠を越える途中でにわか雨に遭った峠に生える茅で蓑(雨具)を作って手紙を濡らさずに済ませたので、領主が手蓑峠の名を付けた(地名の由来)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.... 2025.08.28指宿枕崎日置
薩摩川内出水郡山八幡神社(鹿児島県伊佐市) こおりやまはちまんじんじゃ永禄2年(1559年)の本殿修理で「焼酎(酒)を腹一杯飲ませてくれない」と木片に不満を綴った落書(文書)が、昭和29年(1954年)の修理の際に発見されたこの地を高貴な姫君が75名の従者を連れて通り掛かり、鹿児島ま... 2025.08.26薩摩川内出水
高槻茨木池田能因文塚(大阪府高槻市) のういんふみづか歌人の伊勢を慕ってこの地に隠棲した能因法師が、死の間際に和歌の草稿(文書)を埋めたとされる塚(物品供養)嘉永2年(1849年)に山藤辰政によって文塚の顕彰碑が建てられた『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111大阪府... 2025.07.13高槻茨木池田
堺踞尾八幡神社(大阪府堺市西区) つくおはちまんじんじゃ神功皇后が三韓征伐の帰途に立ち寄った場所に創建された(創建伝説)源義経主従が屋島へ渡る途中で嵐に遭い、この地に避難して鞍を奉納して武運長久を祈願した義経がこの地で休息した時に座った腰掛け石があるまた滞在中に神野庄司左衛... 2025.07.07堺