熊谷深谷

見返り松(埼玉県深谷市)

みかえりまつ深谷宿の街道筋外れにある松の木で、前夜の宿で取った遊女を思い出して旅人が振り返る場所と言われた現在は何代目かの松と石碑が立つ『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.102埼玉県深谷市 原郷
熊谷深谷

妻沼聖天山(埼玉県熊谷市)

めぬましょうでんざん仲の悪かった太田の呑龍様(大光院)と喧嘩した時、松葉で目を怪我したそのため境内には松の木がなく、妻沼郷でも松を使うことは禁忌とされた呑龍様へ参拝した後で聖天様に参拝してもご利益はないとされる『日本の伝説18 埼玉の伝説』...
行田春日部

遍照院 駒形薬師(埼玉県行田市)

へんじょういん こまがたやくし藤原秀衡の護持仏(仏像)であり、眼病を治した夢告により牛車で運んでいる途中で牛が倒れたため、この地に安置した(創建伝説)死んだ牛を埋めたところに植えた松を秀衡松と呼んだ(若木があるとのこと)『日本の伝説18 埼...
川越所沢飯能

滝の城址 血の出る松跡(埼玉県所沢市)

たきのじょうし ちのでるまつあと滝の城は八王子城と共に落城した際に多くの城兵が死に、松の木の根元に埋められた(落城伝説)戦死者の血を吸ったため、松の木を伐ろうとすると血が出るとされた(血の怪)松の木は昭和47年(1972年)に枯死伐採され、...
さいたま川口

安養寺八幡神社(埼玉県鴻巣市)

あんようじはちまんじんじゃ安養寺の八幡神と、川向こうの市ノ縄の八幡神とが不仲となって争いをした安養寺は白旗を立てて攻めたが、市ノ縄は松の枝を振り回し、枝が目に当たった安養寺が敗れた安養寺の境内では松を植えることは禁忌とされ、また神社周辺の土...
さいたま川口

調神社(埼玉県さいたま市浦和区)

つきじんじゃ伊勢神宮への貢ぎ物(調)を境内に集めたことから名が付き(名称の由来)、この運び入れのため鳥居がない「つき」という社名から兎を神使とする調神社七不思議があり、鳥居がない・松の木がない・狛兎・御手洗池の片目の魚・日蓮上人駒つなぎの欅...
沼田草津

龍燈の松(群馬県長野原町)

りゅうとうのまつ永禄年間(1558~1570年)に常林寺を再興することとなったが、人手が集まらず工事が難渋した(創建伝説)その時近くの松の木に1匹の白龍がとぐろを巻き、毎夜鱗から怪光を発したため、昼夜兼行で完成することが出来た『日本の伝説2...
桐生太田館林

大通寺 冠掛松(群馬県太田市)

だいつうじ かんむりかけのまつ?挙兵して鎌倉へ向かう途中、新田義貞がここで休憩して冠(装身具)を懸けた松の木別名・冠着の松とも呼ばれ、義貞がここで「立ち帰り またもきて見ん 冠着の 松よ千歳を 我に契らば」と和歌を詠んだ『日本の伝説27 上...
前橋伊勢崎

牛打松跡(群馬県伊勢崎市)

うしうちのまつあと栄西の高弟・栄朝禅師(名僧)が世良田に招かれ、牛に乗ってやって来た途中、牛を打っていた松の枝を挿したところ、根付いて成長した現在は石碑だけが残されている。『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.20群馬県伊勢崎市 馬...
桐生太田館林

大山祇神社 義経笠懸松跡(群馬県太田市)

おおやまづみじんじゃ よしつねかさかけまつあと奥州へ落ち延びる途中、源義経が笠(雨具)を松の木に懸けて休憩したとされる現在、松は既に枯れてなくなっており、跡地であることを示す石碑が立つ『日本の伝説27 上州の伝説』(角川書店)p.19群馬県...