福山尾道三原

小松寺(広島県福山市)

こまつじ平重盛が建立、松の木を植えた重盛の死後、遺髪(毛髪)が持ってこられ五輪塔に納められた松の木は昭和29年(1954年)に倒木・枯死した足利尊氏が鞆の浦の戦で陣を置いた京都を追放された足利義昭が鞆の浦に滞在した際に拠点とした『日本の伝説...
福山尾道三原

和泉式部手植下り松碑(広島県尾道市)

いずみしきぶてうえくだりまつひ厳島神社参詣で船に乗った和泉式部が、途中嵐に遭った嵐を避けて向島に上陸出来た式部が記念に植えた松の木が明治時代まであり、その跡に石碑が残る『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.88広島県尾道市 向東町古...
広島廿日市

いぼ地蔵(広島県広島市安佐南区)

いぼじぞう別名・投石地蔵武田光和(戦国大名)が居城の武田山から投げた石(投げ石)を地蔵として祀ったもの祠の隣にある松の葉でいぼをつつくと、いぼが取れるとされる(いぼ取り)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.39広島県広島市安佐南区...
名古屋

戦評の松(愛知県名古屋市緑区)

せんぴょうのまつ桶狭間の戦いの際に、今川軍の軍議がこの松の木の下で行われたことから名が付いた。ある鰻屋(商人)が行商のため、夜明け前にこの松の下を通りがかった時、上空に白馬に乗った白装束の幽霊を見た幽霊の正体は今川義元で、見たことを固く口止...
豊橋豊川新城

寅蔵の墓(愛知県豊川市)

とらぞうのはか疳の病で若くして死んだ寅蔵という男の墓所死に際して「墓のそばに松の木を植えてくれたら、疳の虫になって病の人を救う」と遺言したその後、松の木の下から虫(昆虫)が湧いてきたので、それを飲ませると疳の病が治った(病気平癒)『日本の伝...
豊橋豊川新城

羽衣の松(愛知県豊川市)

はごろものまつ天女(天人)が羽衣を松の木に掛けて豊川で水浴びをしていたところ、ある男が羽衣を奪い隠した天女は仕方なく男と結婚して男児を成したが、ある時羽衣を見つけて天に帰っていった(羽衣伝説)天女は乳の代わりに片葉の茶の実を残し、男児は成長...
豊橋豊川新城

千貫松(愛知県田原市)

せんがんまつ徳川家康の武将・本多広高(戦国武将)が田原城を攻めた時(戦国の戦い)、松の木が邪魔で火矢を思うように放てなかった広高は「千貫の金を出しても、あの木を取り除きたい」と言ったことから名が付いた(田原中都小学校正門横にあるが、現在は案...
岡崎豊田刈谷

鹿ヶ松(愛知県岡崎市)

しかがまつ別名・三鹿の渡し跡徳川家康が桶狭間の戦いで敗れて岡崎へ戻ろうとしたが、矢作川が増水して渡河できずにいたそこに1頭の鹿が現れて浅瀬を渡ったことから無事渡河できたため、後にその地に松を植えたまた川岸(岸水辺)で八剣神社に祈ると、神社の...
岡崎豊田刈谷

法蔵寺 御草子掛松(愛知県岡崎市)

ほうぞうじ おんそうしかけのまつ徳川家康が幼少の折、今川家の人質となったが、この寺で手習いを学び、書いた草子(文書)をこの松の木に掛けたとされる『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.60愛知県岡崎市 本宿町寺山
館山南房総

掛松寺 袈裟掛松(千葉県鴨川市)

けいしょうじ けさかけまつ文永元年(1264年)に起きた小松原法難で負傷した日蓮を救出した北浦兄弟が、介抱の際に袈裟を脱がせて掛けた松初代の松は切られた後に日蓮木像(貴人像)として寺に安置、現在の松は4代目となる『日本の伝説6 房総の伝説』...