源平の武将

武雄多久小城

鎌倉水(佐賀県武雄市)

かまくらみず文治2年(1186年)源頼朝は、平家との戦勝祈願の御礼参りとして天野遠景(源平の武将)を武雄神社に遣わした参拝の折、源氏の祖・清和天皇の叔母にあたる柏姫(姫君)が葬られている円応寺を参詣し、墓前に浄水を手向けたこの時に献じた水を...
秩父

御霊神社(埼玉県小鹿野町)

ごりょうじんじゃ平家方であった大庭景親(源平の武将)の郎党がこの地に隠れ住み(平家の落人)、先祖の鎌倉権五郎を祀った(創建伝説)『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.128埼玉県小鹿野町 両神薄
熊谷深谷

清心寺 平忠度供養塔(埼玉県深谷市)

せいしんじ たいらのただのりくようとう一の谷の戦いで平忠度(平氏)を討ち取った岡部六弥太忠澄(源平の武将)が、帰国後その武勇を悼んで建立した供養塔(五輪塔)自領の中で最も景色の良い場所を選んで供養塔を建てたとされる境内には、忠度の妻の“菊の...
行田春日部

小松神社(埼玉県羽生市)

こまつじんじゃ平家が滅びる際に、平重能(源平の武将)が平重盛の遺骨を持って東国へ行き、この地に埋めた目印に植えた銀杏は御神木となって“乳銀杏”と呼ばれ、乳の出が良くなるご利益があるされた(授乳の俗信)銀杏の木の横には“小松大明神”の社があり...
高崎安中富岡

伊勢三郎義盛屋敷跡(群馬県安中市)

いせさぶろうよしもりやしきあとこの地で盗賊をしていた伊勢三郎義盛(源平の武将)の屋敷跡橋向こうの宿に旅人を泊めて殺していたため“朝不見橋”と呼ばれた橋の一部が残る源義経の家来となって奥州へ向かう前、大願成就を願ったところ池の葦がすべて片葉と...
高崎安中富岡

安楽寺 安楽寺古墳(群馬県高崎市)

あんらくじ あんらくじこふん源頼朝が巻狩の帰途に倉賀野に逗留した時、倉賀野三郎高俊(源平の武将)の娘・卯月姫(姫君)が身辺の世話をした卯月姫は頼朝の眼病治癒の祈願を安楽寺岩屋(古墳)にある石仏に事前におこなって治した『日本の伝説27 上州の...
沼田草津

三峰沼(群馬県みなかみ町)

みつみねぬま利根郡司・波多野経家(地方豪族)の娘の妙姫(姫君)が、夜な夜な通ってくる者のために病床に就いていた(異類婚姻譚)この地を立ち寄った緒方三郎惟栄(源平の武将)がそれを聞き、郡司の家に来たあやかしを斬った(化け物退治)翌朝血痕をたど...
前橋伊勢崎

珊瑚寺 涙の梅(群馬県前橋市)

さんごじ なみだのうめ珊瑚寺七不思議の1つ梶原景時(源平の武将)の娘が、梶原父子と源頼朝を供養せよのお告げで寺へ来て、杖としていた梅の枝を地面に挿した成長した梅の木の横で住職が座禅していると、感銘した木から涙のように露が滴り落ちてきた念仏を...
桐生太田館林

皆沢八幡宮(群馬県桐生市)

かいざわはちまんぐう足利義兼(源姓足利氏)の妻・北条時子との不義密通を疑われた足利忠綱(藤姓足利氏:源平の武将)は追っ手を逃れ皆沢に逃げ込んだ隠れていたが、白犬が吠えたため見つかり、忠綱は自害した忠綱は祭神として祀られ、この地区の者は白い犬...
薩摩川内出水

源頼朝の石塔(鹿児島県伊佐市)

みなもとのよりとものせきとう広徳寺跡にある供養塔で、中央が源頼朝、左右に比企能員(源平の武将)と丹後局(側室:島津氏初代の生母)の墓と伝わる石塔に“源頼朝”の名が刻まれているが、昭和6年(1931年)の移転時に彫られたものである広徳寺は頼朝...