石碑

唐津伊万里

副島勇七の碑(佐賀県伊万里市)

そえじまゆうしちのひ大川内の御用窯で働いていた副島勇七は稀代の陶工と謳われたが、度々藩の役人と衝突し、ついに大川内から無断で出奔した3年後、伊予の砥部焼の窯で働いているところを見つかり、絵の具売りに化けた捕吏(藩士)によって捕らえられ、寛政...
唐津伊万里

牛石(佐賀県伊万里市)

うしいし大陣岳中腹にある、牛の形をした巨石で、雨乞い(祈雨)の石として知られる昭和14年(1939年)に実際に雨乞いがおこなわれ、33斤のスルメ(食品食材)を使って3石3斗3升3合の酒で石を洗うと、5日後に雨が降った寛政6年(1794年)に...
唐津伊万里

十三塚神社(佐賀県伊万里市)

じゅうさんづかじんじゃ近くにある池ノ峠(または城古岳)に牝の大蛇が棲んでおり、源為朝がその退治を頼まれた為朝が強弓で射抜くと、大蛇はのたうち回ってこの地で息絶えた(化け物退治)大蛇の死骸は13に切り分けられ、それぞれ塚に埋められた昭和11年...
唐津伊万里

虹の松原(佐賀県唐津市)

にじのまつばら海岸線(浜海岸)にある長さ4.5km、幅約500mの松林(叢林)唐津藩初代藩主・寺沢広高(大名)が砂防林として植林したのが始まりとされる(起源伝説)豊臣秀吉にまつわる七不思議があり、一喝したため蝉(昆虫)が鳴かなくなった(音止...
唐津伊万里

松浦佐用姫生誕の地(佐賀県唐津市)

まつらさよひめせいたんのちこの周辺は篠原長者の屋敷跡で、その娘である松浦佐用姫の生誕地として石碑が建つ三韓へ兵を出す大伴狭手彦(豪族)がしばらく長者の屋敷に滞在し、その身の回りの世話をした佐用姫と恋仲となったとされる『日本の伝説38 佐賀の...
佐賀鳥栖

霊仙寺跡 日本茶樹栽培発祥の地(佐賀県吉野ヶ里町)

りょうぜんじあと にほんちゃじゅさいばいはっしょうのち建久2年(1191年)に宋から帰国した栄西(名僧)が茶の種を持ち帰り、脊振山にあった霊仙寺石上坊境内で栽培を始め、その製法を教えたとされる(起源伝説)現在も周辺では茶畑が残り、乙護法堂の...
佐賀鳥栖

八ツ並長者の碑(佐賀県基山町)

やつなみちょうじゃのひ周辺を治めていた八ツ並長者の屋敷跡に建てられた石碑碑の南西にある“剣塚”が長者の墓所とされる近くの竹藪に生える躑躅の木の枝を折ると重病になるとされる(発病)近くの竹藪の中にある石塔は長者の膳が埋めてある塚とされる『日本...
佐賀鳥栖

妙覚寺(佐賀県鳥栖市)

みょうかくじ菅原道真お手植えの梅の木があり、1本の枝から5個の実が成るとされた昭和28年(1953年)の水害で初代は枯れてしまった現在山門近くに“菅公手栽五子之梅"と刻まれた石碑が立ち、隣に梅の木が植えられている『日本の伝説38 佐賀の伝説...
熊谷深谷

見返り松(埼玉県深谷市)

みかえりまつ深谷宿の街道筋外れにある松の木で、前夜の宿で取った遊女を思い出して旅人が振り返る場所と言われた現在は何代目かの松と石碑が立つ『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.102埼玉県深谷市 原郷
川越所沢飯能

重闢茶場碑(埼玉県入間市)

かさねてひらくちゃじょうのひ出雲祝神社境内にある石碑文政2年(1819年)にこの地で狭山茶の生産を復活させたことを記念して建てられた『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.65埼玉県入間市 宮寺