薩摩川内出水戸田観音 ガラッパ像(鹿児島県薩摩川内市) とだかんのん がらっぱぞう長禄3年(1459年)、渋谷徳重(武家)の姫が舟遊びをしている最中、樋脇川(河川)に落ちて水死した河童の仕業と考えた徳重は、供養のために建立した観音像の足元に河童(ガラッパ)の像を置いて懲らしめたさらに川近くに「水... 2025.08.27薩摩川内出水
鹿児島霧島日本武尊祝宴の地(鹿児島県霧島市) やまとたけるのみことしゅくえんのち熊襲健(隼人熊襲)を討ち果たした日本武尊が、それを祝って宴会をおこなった地当地であることを示す石碑が建ち、そばにある橋は“祝橋”という名が付けられている『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.59鹿... 2025.08.26鹿児島霧島
鹿児島霧島俊寛之碑(鹿児島県鹿児島市) しゅんかんのひ鹿ヶ谷事件で罪を得た俊寛らが、この地にあった堀割(俊寛堀)から舟に乗せられ鬼界島へ流されたとされる俊寛堀は明治後期(1900年頃)に埋め立てられ、現在は石碑のみ立つ『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.40鹿児島県鹿... 2025.08.25鹿児島霧島
身延市川三郷蹴裂明神(山梨県富士川町) けさきみょうじん富士川にある“禹之瀬”の岸に鎮座する祠の跡地山の一部を蹴り破り、湖水の水を抜いて甲府盆地を造った神を祀る(蹴裂伝説:地形の由来)富士川(河川)の氾濫や、道路拡張工事のため、現在は石碑のみ残る『日本の伝説10 甲州の伝説』(角... 2025.08.11身延市川三郷
佐渡花塚(新潟県佐渡市) はなづかこの地にお花という美しい娘(乙女)がおり、心惹かれた順徳上皇が度々訪れたこの付近には“お花屋敷”と呼ばれる屋敷跡があり、近くの熊野神社境内には明治44年(1911年)に建てられた“花屋敷の碑(石碑)”がある『日本の伝説9 佐渡の伝説... 2025.07.28佐渡
高槻茨木池田雉子畷碑(大阪府吹田市) きじなわてひ長柄橋の人柱となった巌氏(長柄の人柱碑)の娘は、河内禁野の長者の嫁となったが、ひと言も言葉を発しないそのため離縁となったが、送られる途中で雉が撃たれるのを見て、和歌を一首詠んだ「ものいわじ 父は長柄の 橋柱 雉も鳴かずば 射られ... 2025.07.14高槻茨木池田
高槻茨木池田唐船ヶ淵(大阪府池田市) とうせんがふち呉からの渡来した呉服・穴織姉妹(渡来人)が縫工女として機織技術を伝来した折、猪名川(河川)を遡りこの地に船を停めて上陸した淵現在は川岸に石碑が建つ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.115大阪府池田市 新町 2025.07.13高槻茨木池田
高槻茨木池田茨木童子貌見橋碑(大阪府茨木市) いばらぎどうじすがたみばしひ付近の床屋が子供を拾い、その子が成長して店の手伝いをしているうちに血の味を覚えてしまった家の前にある橋から見ると、自分の姿が鬼になっていたため、子供は店を出奔した子供はその後大江山の酒呑童子の配下となり、茨木童子... 2025.07.12高槻茨木池田
八尾河内長野和田寺(大阪府枚方市) わだでら惟喬親王が遊猟の折、一帯の人々を害する3本足の白雉を退治してこの地に葬った(化け物退治)あるいは遊猟の際に、3本足の白雉が渚の院に飛んできて死んだため、この地に葬った境内には「三足白雉霊」の石碑がある長く荒廃していたが、和田賢秀(南... 2025.07.12八尾河内長野
八尾河内長野渚の院跡(大阪府枚方市) なぎさのいんあと皇位争いに敗れた惟喬親王が、遊猟のためにこの地を訪問する際に利用した別荘跡(屋敷跡)在原業平らと共に訪れ、詩歌に興じたとの記録も残り、跡地には石碑や歌碑が建つ『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.101大阪府枚方市 渚... 2025.07.12八尾河内長野