神功皇后

唐津伊万里

衣干山(佐賀県唐津市)

きぬぼしやま標高163mの山松浦佐用姫が大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って鏡山から駆け下りた時、松浦川(河川)に飛び込んでしまったその濡れた衣類を干して乾かした山とされる(地名の由来)あるいは涙で濡れた衣類を乾かしたともまた別説では、三韓...
唐津伊万里

唐津神社(佐賀県唐津市)

からつじんじゃ三韓征伐の渡航の際に航路が分からなくなったため、神功皇后が住吉三神に祈願して、無事朝鮮へ渡ることが出来た帰還後、皇后は松浦の浜(浜海岸)で鏡を奉納して住吉三神を祀った孝謙天皇の御代(764~770年)に、領主の神田宗次(地方豪...
唐津伊万里

鏡神社(佐賀県唐津市)

かがみじんじゃ三韓征伐の際、神功皇后は鏡山で戦勝祈願をしたが、その直後から山頂に怪光が現れた帰国後それを聞いた皇后は、山頂に鏡を奉納し、近くに社を建てた(創建伝説:地名の由来)この故事より、一ノ宮に神功皇后が祀られる玄昉(名僧)と吉備真備に...
唐津伊万里

鏡山(佐賀県唐津市)

かがみやま標高284mの山で、別名“領巾振山(ひれふりやま)”任那遠征の任にあった大伴狭手彦(豪族)はこの地に滞在中に、長者の娘・松浦佐用姫の世話を受け、恋仲となった狭手彦が任那へ向けて出港すると、佐用姫はこの山の頂上で領巾(装身具)を振っ...
唐津伊万里

垂綸石(佐賀県唐津市)

すいりんせき三韓征伐の際、神功皇后が戦勝を占いするために玉島川(河川)で釣りをおこない、鮎を釣り上げたその時皇后が上に乗って釣りをしたとされる巨石石の色が紫色であるため、別名“紫台石”とも呼ばれる現在は万葉垂綸石公園に移転してある『日本の伝...
唐津伊万里

玉島神社(佐賀県唐津市)

たましまじんじゃ別名は“神功皇后宮”、“聖母(しょうも)大明神”三韓征伐の際、神功皇后がこの地を訪れて、戦の成否を占うために玉島川で魚を釣ったとされる釣れた魚は鮎で、これを見て皇后は「珍しきもの」と言ったことから、一帯は“梅豆羅(めずら)国...
佐賀鳥栖

與止日女神社 金精さま(佐賀県佐賀市)

よどひめじんじゃ こんせいさま一之宮・與止日女神社の境内にある陽石で、女性が祈願すると子宝に恵まれるとされる(生殖器崇拝:子授の俗信)神功皇后の三韓征伐の折、この地に留まった妹君の淀媛(與止日女)が子宝に恵まれないため、館の庭の陽石に触れて...
佐賀鳥栖

與止日女神社(佐賀県佐賀市)

よどひめじんじゃ肥前国一之宮で、祭神は神功皇后の妹君、あるいは豊玉姫とされるそばを流れる川上川(河川)に“カナワ”という名の蝮(蛇)の化け物が棲み着き、人を襲ったある親子が川で漁をしていて“カナワ”に襲われ気絶し、気付くとそばで大鯰が死んで...
生駒葛城

暗峠(奈良県生駒市)

くらがりとうげ神功皇后が三韓征伐に出発する際、一番鶏があまりに早く鳴いたため、峠に着いても夜が明けていなかった道鏡が峠で和気清麻呂を暗殺しようとしたが、激しい雷雨のため周囲が暗くなって、清麻呂は難を逃れた峠道があまりにも急な坂であるため、馬...
高槻茨木池田

倍賀春日神社(大阪府茨木市)

へかかすがじんじゃ神功皇后の三韓征伐の際、武内宿禰がこの地を通りがかり村人の災厄を救ったことから、祀られた(創建伝説)この近辺に“松井”という湧水があり、小栗判官が水浴すると病が回復したとされる(現存せず)『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川...