行宮跡

土佐大豊佐川

横倉宮(高知県越知町)

よこくらぐう安徳天皇の行宮跡で、ここで23歳で崩御したため陵墓(宮内庁参考地)がある平知盛(平氏)ら88名が随伴してこの山中に隠れ住んだ(平家の落人)『日本の伝説22 土佐の伝説』(角川書店)p.52日本伝承大鑑:高知県越知町 五味
土佐大豊佐川

安徳天皇陵(高知県仁淀川町)

あんとくてんのうりょう椿山を離れた安徳天皇ら平家の落人が迎え入れられた行宮跡がある安徳天皇はこの地に18歳で崩御したとされる行在所があったことから“都”という地名になった(地名の由来)『日本の伝説22 土佐の伝説』(角川書店)p.52高知県...
吉野十津川

賀名生皇居跡(奈良県五條市)

あのうこうきょあと京都を脱出した後醍醐天皇が吉野へ赴く前に滞在した、郷士(名士)・堀孫太郎信増の邸宅吉野を襲撃された後村上天皇が行宮とし、この間に正平の一統がなされたその後長慶天皇もこの地を行宮とした(行宮跡)『日本の伝説13 奈良の伝説』...
鹿児島霧島

石體神社(鹿児島県霧島市)

しゃくたいじんじゃ大隅国一之宮鹿児島神宮の摂社鹿児島神宮の元宮に当たる地にあり、彦火火出見尊の行宮跡とされる安産の神とされ、境内にある丸石を持ち帰り、無事子が生まれると丸石1つを添えて返す(特有の願掛け)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角...
鹿屋垂水曽於

桜迫神社(鹿児島県肝付町)

さくらざこじんじゃ鵜葺草葺不合命の行宮であった西洲宮の跡とされる神社(行宮跡)実際は領主であった肝付氏が鵜戸六所権現(鵜戸神宮)を勧請した神社であるとされる『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.19鹿児島県肝付町 宮下
身延市川三郷

奈良王神社(山梨県早川町)

ならおうじんじゃ夢告によって孝謙天皇が下向し、温泉で体調を治したその後7年間この地に行宮を設け滞在したことから奈良田の名が付いた(地名の由来)行宮跡に建てられた神社が奈良田神社で、奈良田七不思議の御符水と二羽烏が残っている『日本の伝説10 ...
甲府韮崎北杜

酒折宮(山梨県甲府市)

さかおりみや日本武尊の行宮跡に造られた古社で、命が塩海足尼を甲斐国造(地方豪族)に任じて火打袋(石工品)を与えたが、それを御神体として創建された(創建伝説)日本武尊が東征の帰途、この地に滞在した時、御火焚の者と歌(和歌)のやりとりをしたこの...
八尾河内長野

交野天神社 樟葉宮跡(大阪府枚方市)

かたのてんじんじゃ くすはのみやあと桓武天皇が父の光仁天皇を祀るための地としたことが始まりとされる(創建伝説)明治以降、継体天皇が即位(507年)して行宮となった樟葉宮の跡(行宮跡)ともされた現在、行宮跡は交野天神社内の叢林となっている『日...
泉大津岸和田

男乃宇刀神社(大阪府和泉市)

おのうとじんじゃ五瀬命と神武天皇の兄弟が祀られ、“おの”は兄、“うと”は弟を意味する語である(名称の由来)神武東征の折、五瀬命が負傷して退却した軍勢を、地元の豪族・横山彦命が迎え入れた行宮跡に建てられたとされる『日本の伝説8 大阪の伝説』(...
泉大津岸和田

茅渟宮跡(大阪府泉佐野市)

ちぬのみやあと允恭天皇は皇后の妹姫であった衣通姫を寵愛するが、皇后の嫉妬を怖れてこの宮に住まわせた天皇は狩猟にかこつけて度々この地を訪れたが、皇后に釘を刺され会わなくなっていった(近親の確執:行宮跡)それに対して衣通姫は「とこしへに 君もあ...