豪族

唐津伊万里

衣干山(佐賀県唐津市)

きぬぼしやま標高163mの山松浦佐用姫が大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って鏡山から駆け下りた時、松浦川(河川)に飛び込んでしまったその濡れた衣類を干して乾かした山とされる(地名の由来)あるいは涙で濡れた衣類を乾かしたともまた別説では、三韓...
唐津伊万里

恵日寺(佐賀県唐津市)

えにちじ本尊の観音像(仏像)は、大伴狭手彦(豪族)が新羅より持ち帰り、恋仲の松浦佐用姫の死を知り、その菩提を弔うために祀ったとされる初めは赤水に祀られたが、永和元年(1375年)に恵日寺が創建されてから遷されたこの故事より“佐用姫観音”と呼...
唐津伊万里

殿原寺(佐賀県唐津市)

でんげんじ川上神社の境内にある小堂松浦佐用姫はこの平原座主に住む長者の娘で、大伴狭手彦(豪族)が朝鮮へ出征したことから患い、この地で病死した姫の死後に長者一族が、この地にあった椿の木を伐って、観音像(仏像)を刻んで奉納した平安時代になってこ...
唐津伊万里

赤水観音/船繋ぎ石(佐賀県唐津市)

あかみずかんのん/ふなつなぎいし朝鮮遠征を終えて戻った大伴狭手彦(豪族)は、鏡山の麓まで船で乗り入れ、近くの石に船を繋いだ(名石:舟繋ぎ伝説)そこで恋仲だった松浦佐用姫が亡くなっていることを知り、すぐさま降り立った場所に堂宇を建てて、持ち帰...
唐津伊万里

佐代姫神社(佐賀県伊万里市)

さよひめじんじゃ松浦佐用姫は、大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って、鏡山を下りて浜崎から船を出したしかし嵐に遭って難破し、遺骸と壺を乗せた小舟がこの地に漂着した村人は高貴な女性と思い丁重に葬ったところ、豊漁が続いたその後佐用姫の身内の者が来...
唐津伊万里

田島神社 望夫石(佐賀県唐津市)

たじまじんじゃ ぼうふせき大伴狭手彦(豪族)の乗った船を追って、松浦佐用姫は玄界灘に面する加部島の高台にたどり着いたしかし船の姿は見えず、佐用姫はその場で嘆き悲しみ、ついには石と化してしまった(化身した石)その石は、田島神社の境内社・佐用姫...
唐津伊万里

佐用姫岩(佐賀県唐津市)

さよひめいわ鏡山から大伴狭手彦(豪族)の出征を見送った松浦佐用姫は、さらに船が遠くへ行くのを悲しみ、それを追おうとした佐用姫は山を一気に下りると、松浦川のそばにあった巨石の上に飛び乗り、さらに船を追って北へ走っていった巨石の上には、佐用姫が...
唐津伊万里

鏡山 蛇池(佐賀県唐津市)

かがみやま へびいけ『肥前国風土記』にある、松浦佐用姫の別伝大伴狭手彦(豪族)が出征して5日後の夜、佐用姫の許に狭手彦に似た男が訪ねてきた一夜を共にしたが不審に思った佐用姫が、男の着物の端を糸(裁縫道具)を結んでその後を追うと、男は鏡山の山...
唐津伊万里

鏡山(佐賀県唐津市)

かがみやま標高284mの山で、別名“領巾振山(ひれふりやま)”任那遠征の任にあった大伴狭手彦(豪族)はこの地に滞在中に、長者の娘・松浦佐用姫の世話を受け、恋仲となった狭手彦が任那へ向けて出港すると、佐用姫はこの山の頂上で領巾(装身具)を振っ...
唐津伊万里

松浦佐用姫生誕の地(佐賀県唐津市)

まつらさよひめせいたんのちこの周辺は篠原長者の屋敷跡で、その娘である松浦佐用姫の生誕地として石碑が建つ三韓へ兵を出す大伴狭手彦(豪族)がしばらく長者の屋敷に滞在し、その身の回りの世話をした佐用姫と恋仲となったとされる『日本の伝説38 佐賀の...