吉備真備

唐津伊万里

鏡神社(佐賀県唐津市)

かがみじんじゃ三韓征伐の際、神功皇后は鏡山で戦勝祈願をしたが、その直後から山頂に怪光が現れた帰国後それを聞いた皇后は、山頂に鏡を奉納し、近くに社を建てた(創建伝説:地名の由来)この故事より、一ノ宮に神功皇后が祀られる玄昉(名僧)と吉備真備に...
唐津伊万里

大村神社(佐賀県唐津市)

おおむらじんじゃ藤原広嗣(藤原氏)は、玄昉(名僧)・吉備真備に異を唱えて大宰府に左遷され、さらに謀反の疑いを掛けられ攻められた(藤原広嗣の乱:歴史的事件)広嗣は朝鮮に逃れようとしたが、船が難破してこの地に漂着し、斬罪となったその後この地に疫...
橿原桜井天理

七ツ井戸(奈良県桜井市)

ななついど現在も灌漑用水として使われる湧水で、吉備真備が造ったとされる聖徳太子がこの湧水のある場所を通りがかると、平伏する者の中で一人の乙女だけがこの湧水辺りに生える芹(草本)を摘み続けた話しかけた太子はその娘が聡明なのを気に入り妻とした(...
奈良宇陀

吉備塚(奈良県奈良市)

きびづか吉備真備の墓とされる塚で、触れると祟りがあると謂われた明治時代以降も、この地に陸軍連隊駐屯地が設営された時も触れずに残された(禁忌)『日本の伝説13 奈良の伝説』(角川書店)p.18日本伝承大鑑:奈良県奈良市 高畑町(奈良教育大学構...
福山尾道三原

素盞嗚神社(広島県福山市)

すさのおじんじゃ備後一之宮と称す神社旅の宿を請うた武塔神(素戔嗚尊:牛頭天王)を泊めた蘇民将来に、疫病除けの茅の輪を身に着けることを告げた伝説が残る天平6年(734年)に、唐から戻った吉備真備がこの社から素戔嗚尊を播磨の広峯神社へ勧請したと...