神仏の加護

北摂

金剛院 蜂塚(大阪府摂津市)

こんごういん はちづか応仁年間(1467~1468年)に、付近の村を賊徒が荒らし回っており、村人は寺に籠もり救いを願ったすると薬師堂から数万の蜂が飛び出して賊徒を退治した(神仏の加護)死んだ蜂を集めて塚を築いたのが蜂塚とされる(鳥獣墓)『日...
河内

道明寺(大阪府藤井寺市)

どうみょうじ菅原道真は、伯母の覚寿尼(尼僧)に会いにしばしば訪問した道真が経文の書写中に水が切れたが、二童子が現れて硯に水を注いだ(神仏の加護)道真が大宰府左遷の際に立ち寄ったが、鶏が早く鳴いたため長居できず、和歌を詠んで出立した覚寿尼が、...
和泉

水間寺 お夏・清十郎の墓(大阪府貝塚市)

みずまでら おなつ・せいじゅうろうのはか勅使の随身として赴いた山名清十郎(廷臣)と、その饗応に駆り出された村娘のお夏は互いに一目惚れしたお夏は再会を愛染堂に祈願し、そのうち南北朝の戦いとなり、渡辺橋の戦いの後に清十郎は追われる身となったお夏...
大阪

香具波志神社(大阪府大阪市淀川区)

かぐはしじんじゃ上田秋成(文人)が5歳で天然痘で危篤となった時、両親が祈願して68歳の天寿を授かった(神仏の加護)楠木正儀(南北朝の武将)が馬を繋いだ駒繋ぎの楠の幹が残される『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.19大阪府大阪市淀川区...
奥能登

山伏山(石川県珠洲市)

やまぶしやま源義経の家来・常陸坊海尊が一行と別れてここに隠れ住んで仙人となり、時折山伏(行者山伏)の姿で現れるとされる日野資朝(公家)の息子・阿新丸が佐渡で親の仇を討って逃げる途中、須須神社の祭神が山伏姿となってこれを助けた(神仏の加護)山...
能登南

伊須流岐比古神社 鰯が池(石川県中能登町)

いするぎひこじんじゃ いわしがいけ前田利家(戦国大名)の攻撃に籠城した石動山の僧兵が祈ったところ、池一杯に鰯が出現して飢えをしのいだ(神仏の加護)『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書店)p.97石川県中能登町 石動山
金沢

玉兎ヶ丘 庚申塚(石川県金沢市)

ぎょくとがおか こうしんづか越前朝倉氏に家臣だった堀左近(戦国武将)は、織田方に捕らえられて尾張で投獄された母親が信心する青面金剛に祈ったところ、庚申の夜に3匹の猿が左近を助けた(神仏の加護)左近は剃髪して僧となり、卯辰山に庚申堂を建てて居...
備後

楽音寺(広島県三原市)

がくおんじ藤原倫実(地方豪族)は一度藤原純友との戦いに敗れたが、護持仏の薬師如来に念じ、死体に紛れて九死に一生を得た(神仏の加護)再度の戦いで純友を破った倫実は、安芸国に領地を与えられ、護持仏を本尊とする楽音寺を建立した(創建伝説)『日本の...
東三河

岩屋観音 観音像(愛知県豊橋市)

いわやかんのん かんのんぞう豊川に架かる吉田大橋の架橋を請け負った江戸の大工の棟梁2名が難工事のために岩屋観音堂に参籠した2人は同時に同じ夢を見て架橋の工法を思い付き、難工事を完成させた(神仏の加護)橋の完成後に2人は浄財を集め、岩屋観音堂...
東三河

岩屋観音(愛知県豊橋市)

いわやかんのん池田氏(大名)はかつて吉田(豊橋)を領地としていて岩屋観音を篤く信仰していた宝永4年(1707年)池田綱政は白須賀宿に滞在中、夢で観音から地震と津波が来ると告げられた(夢告)池田候が急ぎ宿を発ったその直後に地震と津波が起こり、...