土木

佐賀鳥栖

徐福御手洗井戸(佐賀県佐賀市)

じょふくみたらいいど浮盃の浜に上陸した徐福一行が、水を確保するために掘ったとされる井戸徐福がこの井戸で手を洗ったことから“寺井”という地名となった(地名の由来)大正15年(1926年)に民家から、井桁が残る古井戸が発見され、それを徐福ゆかり...
武雄多久小城

東洋館 武蔵の井戸(佐賀県武雄市)

とうようかん むさしのいど宮本武蔵(剣豪)は武雄温泉の平戸屋(現・東洋館:店舗)という宿屋に一時期逗留し、その際使用した井戸が現存する逗留時に、父親を無礼討ちされた農民・静馬の仇討ちの志願を聞き届けて熊本へ連れて帰り、5年間剣の修行をさせて...
佐賀鳥栖

卒塔婆の堰(佐賀県佐賀市)

そとばのせき天明の頃(1781~1788年)、鳴瀬川の堰は大雨のたびに決壊するため困り果てていたある時盲目の旅の僧(不具者)が通りがかり「履物の緒が右撚りと左撚りの者を人柱にするとよい」と告げたが、それに該当するのは僧だけであったそのため僧...
佐賀鳥栖

蛇取橋(佐賀県神埼市)

じゃとりばしかつて長さ6丁(約650m)もの大蛇がこの地を荒らし回っていたが、村人がこれを退治した(化け物退治)退治を話し合った“野寄”、退治に使う柏を集めた“柏原”、葉を燻した“伏部”、蛇が逃げ回った“蛇貫堤”、蛇を討ち取った“蛇取橋”と...
川越所沢飯能

霧吹きの井戸(埼玉県川越市)

きりふきのいど川越城内にあった井戸で、川越城七不思議の一つ城の危急時に井戸の蓋を開けると霧が吹き出して町全体を覆うとされたそのため川越城は別名・霧隠城と呼ばれた『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p.82埼玉県川越市 郭町
川越所沢飯能

どろぼう橋(埼玉県川越市)

どろぼうばし捕り方に追われた盗人(盗賊)がこの橋を渡って喜多院の敷地に逃げ込んだその直後喜多院の僧に捕らえられ、大いに諭されて深く罪を悔い、仏門に帰依し改心したその後改心を理由に無罪放免となり、一生涯商家で真面目に働いたとされる(美談)この...
川越所沢飯能

堀兼の井(埼玉県狭山市)

ほりかねのい堀兼神社内にある、直径約7m、深さ約2mの井戸の中央に井桁があるが、大部分は埋まった状態にある平安時代より歌枕として有名で、掘るのが難しいことから“ほりかね”と呼ばれ、地名の由来となった『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)...
川越所沢飯能

七曲井(埼玉県狭山市)

ななまがりのい地面を摺鉢状に穴を掘って造られた古代の井戸で、“ほりかねの井”として歌枕になっている平安中期の歌人・伊勢の和歌に詠まれ、宝暦9年(1759年)に最後の改修がおこなわれていることから、長年使用されていたとされる地上の穴の直径は2...
川越所沢飯能

弘法の三ツ井戸(埼玉県所沢市)

こうぼうのみっついどある旅の僧が水を所望したところ、娘が長い時間を掛けて汲んできたので、お礼に3つの地点を示して立ち去った3つの地点を掘ると水が出たため井戸にし(湧水)、旅の僧は空海であるとされた『日本の伝説18 埼玉の伝説』(角川書店)p...
さいたま川口

明星院 明星の井戸(埼玉県桶川市)

みょうじょういん みょうじょうのいど夜明け頃に星が飛び、空に紫雲がたなびき、そこに天女(天人)が現れて指先から一条の光を地上に放った人々が怪光を追うと明星院の井戸に辿り着き、そこでは天女と遭遇した住職が誦経をしていたそこで人々が空を仰ぐと明...