さぬき小豆島

磯野禅尼之墓(香川県さぬき市)

いそのぜんにのはか静御前の母の磯禅尼は生まれ故郷の讃岐に戻り、長尾寺で娘と共に得度した(尼僧)得度以来毎日長尾寺へ参拝していたが、ある日の帰り道で倒れてそのまま亡くなったとされ、その地に墓(墓所)が建てられた『日本の伝説5 讃岐の伝説』(角...
さぬき小豆島

志度寺 海女の墓(香川県さぬき市)

しどじ あまのはか四国八十八ヶ所霊場・志度寺境内にあり、「海女の玉取り伝説」縁起の伝承が残る面向不背の玉(宝物)を龍神に奪われた藤原不比等は、志度の地へ赴き、海女の玉藻との間に一子をもうける玉藻は龍宮へ行き玉を取り返すが、自らも致命傷を負い...
高松坂出

菊王丸の墓(香川県高松市)

きくおうまるのはか平教経(平氏)に仕えていた菊王丸(小姓)は、屋島の戦いで教経が射落とした佐藤継信の首を取ろうとした継信の弟の佐藤忠信は、兄の首を取られまいと、菊王丸を矢で射た菊王丸は教経に抱えられ船に戻ったが亡くなり、その後射られた場所に...
高松坂出

太夫黒の墓(香川県高松市)

たゆうぐろのはか佐藤継信が討死した際、布施として寺に預けられた馬その後行方をくらまし、数日後に継信の墓の横で死んでいるのが見つかったため、一緒に葬られた(鳥獣墓)一の谷の戦いで源義経が「鵯越の逆落とし」をした時に騎乗していた馬(名馬伝説)『...
高松坂出

佐藤継信の墓(香川県高松市)

さとうつぐのぶのはか源義経の家臣・佐藤継信の墓所屋島の戦いで主人の身代わりとなって討死した寛永20年(1643年)高松藩主・松平頼重(大名)が標石を建て、昭和6年(1931年)に30世子孫が現在の墓所の形に改修した『日本の伝説5 讃岐の伝説...
山形天童東根

べんべこ太郎の墓(山形県天童市)

べんべこたろうのはか3年に一度若い娘を人身御供として神に差し出す習慣があったが、その神の正体は狸だった狸たちが怖れる「信濃のべんべこ太郎」という犬を連れて来て狸を退治した(化け物退治)狸を退治したべんべこ太郎も傷が元で死んだため、墓を築いて...
山形天童東根

千手院 磐司磐三郎の墓(山形県山形市)

せんじゅいん ばんじばんざぶろうのはか千手院一の鳥居の横にある供養塔(墓所)慈覚大師円仁に立石寺の土地を譲ったとされる、猟師(マタギ)の祖とされる磐司磐三郎(伝承の男性)の墓とされる『日本の伝説4 出羽の伝説』(角川書店)p.38山形県山形...
米沢長井

キリシタン墓(山形県米沢市)

きりしたんはか寛永5年(1628年)に米沢藩でおこなわれたキリシタン弾圧で、糠山にいた藩の徒小姓家族のうちキリシタンの女子供7名を処刑した(男性は北山原にて処刑)斬首刑がおこなわれた糠山の飯田邸跡に7基の墓が残る(刑場)近くにキリシタン井戸...
諏訪伊那飯田

蓮華寺 絵島の墓(長野県伊那市)

れんげじ えじまのはか蓮華寺の境内にある、大奥御年寄だった絵島の墓所正徳4年(1714年)に起こった絵島生島事件(醜聞)で罪を得た絵島は高遠に流罪となった当初は監禁状態、幕府の許しを得てからは若干の外出が認められ、信仰する日蓮宗の寺であった...
諏訪伊那飯田

光前寺 早太郎の墓(長野県駒ヶ根市)

こうぜんじ はやたろうのはか光前寺の境内にある犬の墓(鳥獣墓)遠州府中の天神社(見附天神)で人身御供を取っていた狒々(猿)を退治した(化け物退治)狒々を退治した後、瀕死の状態で光前寺まで戻ってきて絶命したとされる『日本の伝説3 信州の伝説』...