長野千曲飯山

温泉寺 無縫塔(長野県山ノ内町)

おんせんじ むほうとう大沼池の大蛇が修養のため、僧に化けてこの寺で修行をした(人外の悟り)そのお礼に膳や椀を毎月届けていたが、盗む者があったので、それ以降丸石を池から流して届けた丸石が流れてくると、住職は死ぬか転住するので、無縫塔として境内...
名護国頭

義本王の墓(沖縄県国頭村)

ぎほんおうのはか舜天王の孫で王位に就いた義本王だが、即位の翌年から天災や疫病が続いたため、身を恥じて焼身自殺を図ったがにわか雨のために叶わず、この地に隠遁した(陵墓)この地で子をなしたが、その後成長して尚円王の祖先となったとされる(琉球の名...
浦添宜野湾

護佐丸公の墓(沖縄県中城村)

ごさまるこうのはか護佐丸は尚巴志の家臣として琉球統一で武功を挙げる(琉球の名族)1458年、中城城にあって謀反の疑いをかけられ自害し、その近くに墓所がある1686年に8代目の子孫が王府から土地を拝領して墓を築いた沖縄で最も古い亀甲墓とされる...
浦添宜野湾

御茶多理真五郎墓(沖縄県西原町)

うちゃたいまぐらーぬばか歌好きで、相撲を取らせると沖縄一と言われた五郎という若者がいた五郎を御茶多理墓地に埋葬したが、夜な夜な幽霊となって現れ、相撲の喊声や歌や三線の音が鳴り続けた(音の怪)五郎の霊は御茶多理真五郎と呼ばれ、供物が腐るように...
浦添宜野湾

浦添ようどれ(沖縄県浦添市)

うらそえようどれ浦添城跡にある、自然洞穴を掘削して造られた墓所で、戦争で破壊されたものを復元した英祖王と尚寧王を中心とする王家(琉球の名族)の陵墓“ようどれ”は“夕凪”のことで、無風の静かな様子から墓の名となった『日本の伝説2 沖縄の伝説』...
那覇糸満南城

十貫瀬の七つ墓(沖縄県那覇市)

じっかんじのななちばーかー岩山の上に7基の墓所があることから“七つ墓”と呼ばれるまた一部の岩山の上に銭10貫(貨幣)が置かれてあったが、数年経ってもそのままだったことから“十貫瀬”と呼ばれるようになった(地名の由来)近所のお菓子屋に飴を買い...