広島廿日市豊島兄弟の墓(広島県広島市安佐北区) てしまきょうだいのはか通称・五人墓吉川興経(戦国武将)が暗殺された時に最後まで敵と奮戦し、討ち果たされた豊島氏(手島氏とも)の5人兄弟(武人)の供養墓(墓所)明治18年(1885年)に子孫が点在する墓を一ヶ所に集めて祀った『日本の伝説21 ... 2025.05.23広島廿日市
広島廿日市吉川興経の胴塚(広島県広島市安佐北区) きっかわおきつねのどうづか毛利元就によって強制的に隠居させられた吉川興経(戦国武将)は、隠居所で暗殺された隠居所の屋敷跡(吉川興経居館)に遺骨を納めた興経の墓(胴塚)がある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.41広島県広島市安佐北... 2025.05.23広島廿日市
広島廿日市角兵衛の墓(広島県廿日市市) かくべえのはか遊女を妻にして石見国へ行こうとした者がいたが、途中で妻が実の妹であることが分かり、心中した(近親相姦)憐れんだ村人が路傍に墓(墓所)を建てた『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.29広島県廿日市市 吉和 2025.05.22広島廿日市
豊橋豊川新城奥平仙千代の墓(愛知県新城市) おくだいらせんちよのはか長篠城主の奥平信昌(戦国武将)の弟・仙千代は武田への降伏の人質となった長篠の戦いの時に、信昌が徳川へ寝返ったため処刑された(子女受難)刑場となった場所(墓所)では、草一本でも折ると発病や発狂するとされた(祟り)『日本... 2025.05.14豊橋豊川新城
豊橋豊川新城賢養院 関の小万の墓(愛知県豊橋市) けんよういん せきのこまんのはか久留米藩士の妻が夫の仇討ちの途中、東海道の関の宿で女児を産んで亡くなり、女児は宿の山田屋で育てられた16歳で実の親の仇を知らされた小万(女傑)は剣術を学ぶが、その道すがら無頼の若者に襲われ斬り殺してしまう関に... 2025.05.14豊橋豊川新城
豊橋豊川新城▲えれん様(愛知県東栄町) えれんさま「飛八様」へ至る道をさらに奥へ入った三ツ瀬集落の旧庄屋宅の門前近くにある墓碑(墓所)正月2日、庄屋の家の近くを不審者が歩いているとの知らせを受け、酔った村人が沢まで追いかけて殺した(私刑)不審者は全身毛だらけの大男(異人)であった... 2025.05.13豊橋豊川新城
豊橋豊川新城長福寺 力寿姫の墓(愛知県豊川市) ちょうふくじ りきじゅひめのはか三河国司・大江定基が、愛妾・力寿姫(伝承の女性)の菩提を弔うために建てた寺院(創建伝説)裏手の高台の上に墓と石碑が置かれている(墓所)『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.97愛知県豊川市 赤坂町西裏 2025.05.13豊橋豊川新城
豊橋豊川新城寅蔵の墓(愛知県豊川市) とらぞうのはか疳の病で若くして死んだ寅蔵という男の墓所死に際して「墓のそばに松の木を植えてくれたら、疳の虫になって病の人を救う」と遺言したその後、松の木の下から虫(昆虫)が湧いてきたので、それを飲ませると疳の病が治った(病気平癒)『日本の伝... 2025.05.12豊橋豊川新城
岡崎豊田刈谷縁心寺 若林喜惣兵衛の墓(愛知県西尾市) えんしんじ わかばやしきそべえのはか若林喜惣兵衛は西尾藩士で、酒好きであったが、生前ある娘の持病の癪を治したその娘が墓前に酒を供えたことから、酒を供えると癪や疝気、子供の夜泣きを治すとされた(信仰の墓碑:病気平癒)『日本の伝説7 愛知の伝説... 2025.05.12岡崎豊田刈谷
千葉木更津七人士の墓(千葉県君津市) しちにんしのはかこの地に逃れてきた弘文天皇に最後まで付き従った7人の家臣の墓所で、7基の五輪塔が並ぶ朝廷は兵を送って潜伏する弘文天皇を攻めて自害させ(生存説)、家臣は討死したとされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.63千葉県君津... 2025.04.27千葉木更津