福山尾道三原

仙酔島(広島県福山市)

せんすいじま周囲5kmの無人島で、その絶景から“仙人も酔うほど”と讃えられた島(地名の由来)平清盛が厳島神社をこの島に移そうとしたその時に島にある山を大弥山・小弥山と呼ぶようにした『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.91広島県福山...
福山尾道三原

弁天島(広島県福山市)

べんてんじまある侍が刀(刀剣)を落としたので、100貫の賞金(貨幣)で拾うように頼んだ鮫が多くいるため引き受ける者がなかったが、ある漁夫が飛び込んで刀を拾い上げた漁夫は鮫に足を食われ亡くなったことから、侍は100貫で供養の石塔を島に建てたこ...
福山尾道三原

覚明神社(広島県尾道市)

かくめいじんじゃ木曽義仲の子・義重と、家臣の大夫坊覚明(僧侶)ら30余名は、義仲敗死後に向島のこの地に移り住んだ(落人)土地の開発に尽力した後、義重と覚明は木曽に帰り、残った家臣の末裔が神社を管理している『日本の伝説21 広島の伝説』(角川...
福山尾道三原

西金寺(広島県尾道市)

さいこんじ長徳4年(998年)、厳島神社参詣で船に乗った和泉式部が途中で嵐に遭い、無事を持仏に願った無事に向島に上陸出来た式部は、持仏(仏像)を祀るための寺院を建てた(創建伝説)またこの故事から向島は“歌の島”と呼ばれるようになった『日本の...
福山尾道三原

和泉式部手植下り松碑(広島県尾道市)

いずみしきぶてうえくだりまつひ厳島神社参詣で船に乗った和泉式部が、途中嵐に遭った嵐を避けて向島に上陸出来た式部が記念に植えた松の木が明治時代まであり、その跡に石碑が残る『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.88広島県尾道市 向東町古...
福山尾道三原

地蔵鼻(広島県尾道市)

じぞうはな別名・美可地蔵因島の美可崎の砦を守る金山氏(戦国武将)が船を襲い、琴(楽器)の上手い娘を捕らえた金山氏は娘に言い寄ったが拒絶されたため、浜(浜海岸)で斬り殺した(子女受難)毎夜浜で女の泣き声と琴の音が聞こえるため(音の怪)、海岸に...
福山尾道三原

鯖大師(広島県尾道市)

さばだいし空海が因島を巡錫中、魚屋に鯖を1匹所望したが、腐っていると断られた後で魚屋が鯖を見ると、どれも本当に腐っていた大正10年(1921年)に夢枕に立った空海を見て感激した島の者が私財を投じて大師像(貴人像)を建立した『日本の伝説21 ...
福山尾道三原

白滝山(広島県尾道市)

しらたきやま因島にある標高226mの山で、法道仙人が開いたとされる仙人は鉢を飛ばして行き交う船に喜捨を求めたところ、鉢に鰯を入れた船があり、その船は沈んだ(飛鉢伝説:罰を与える)『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.86広島県尾道市...
福山尾道三原

光明坊(広島県尾道市)

こうみょうぼう後鳥羽上皇の女官であった松虫・鈴虫の姉妹は無断で出家したため、生口島のこの地に匿われて生涯を終えたこの法難によって流刑となった法然がこの地に立ち寄り、杖を挿して根付いた白檀の木(木本)がある『日本の伝説21 広島の伝説』(角川...
呉竹原東広島

ホボロ島(広島県東広島市)

ほぼろじま安芸津の海に嫁入りしたホボロ島であるが、年月が経つにつれて痩せ細っている小粒虫(甲殻類)が凝灰岩の島を食い荒らす生物侵食によって、近い将来消滅するとされる(自然現象)21世紀初頭の段階で、満潮時に周囲20m、高さ6mの大きさしかな...