大阪

夕日神明社旧跡(大阪府大阪市北区)

ゆうひしんめいしゃきゅうせき源融(公家)が、当時海に浮かぶ島であったこの地に創建した社が西を向いて建てられたため、“夕日”の名がついた(名称の由来)近松門左衛門の人形浄瑠璃(演劇)『心中刃は氷の朔日』で心中事件が起きた藍畑があった場所とされ...
大阪

日羅公之碑(大阪府大阪市北区)

にちらこうのひ敏達天皇12年(583年)に、百済から招かれた官僚・日羅が暗殺され、その初葬の地に建てられたとされる記念碑『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.23大阪府大阪市北区 天満橋
大阪

逆櫓の松跡(大阪府大阪市福島区)

さかろのまつあと屋島の戦いを前に、源義経と梶原景時(源平の武将)が戦評定をおこなった場所にあったとされる松の木の跡舟の舳先にも櫓(船装備)を付けるか(船を後退可能とするか)否かで両者が対立したとされる『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)...
大阪

長柄の人柱碑(大阪府大阪市淀川区)

ながえのひとばしらひ推古天皇(在位:593~628年)の時代、長柄の橋は幾度となく流されたため、人柱を立てることに決めたこの時通りがかった垂水長者の巌氏が、袴に継ぎ当てのある者を人柱にと進言した巌氏の袴に継ぎ当てがあったため、言った本人が人...
輪島珠洲

阿武松緑之助碑(石川県能登町)

おうのまつみどりのすけひ第6代横綱(相撲)の出身地に昭和12年(1937年)に建てられた高さ4.5mの顕彰碑阿武松は文政11年(1828年)に横綱となる現在でも、巡業時には力士が立ち寄って参詣する『日本の伝説12 加賀・能登の伝説』(角川書...
七尾羽咋

義民道閑顕彰碑(石川県中能登町)

ぎみんどうかんけんしょうひ加賀藩の十村役(名士)だった園田道閑は、寛文5年(1666年)に検地に反対してこの地で磔となった(刑場)地元では義民として崇められ、カゲロウや蛍も道閑の亡魂とされた昭和42年(1967年)に刑場跡を公園化し、顕彰碑...
加賀小松

草深甚四郎碑(石川県川北町)

くさぶかじんしろうひ天狗にさらわれて剣の奥義を学んだとされる、戦国時代の剣豪・草深甚四郎の墓所がある甚四郎が編み出した深甚流は加賀藩の武学校・経武館で伝授継承された昭和以降この場所で慰霊祭や奉納剣道大会がある『日本の伝説12 加賀・能登の伝...
福山尾道三原

和泉式部手植下り松碑(広島県尾道市)

いずみしきぶてうえくだりまつひ厳島神社参詣で船に乗った和泉式部が、途中嵐に遭った嵐を避けて向島に上陸出来た式部が記念に植えた松の木が明治時代まであり、その跡に石碑が残る『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.88広島県尾道市 向東町古...
三次庄原

へらほりの池跡(広島県安芸高田市)

へらほりのいけあと吉田の豪商であった河野与三郎が、へら(木工品)を使って日数を掛けて池を造らせることで貧民救済を図った池はなくなったが、この慈善事業を後世に伝えるために石碑が建てられた『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.54広島県...
三次庄原

百万一心の碑(広島県安芸高田市)

ひゃくまんいっしんのひ毛利元就が、吉田郡山城の築城工事の際に、人柱の代わりに埋めた石碑「一人一人が力を合わせて、心を一つにして事にあたる」ことを意味する(教訓譚)文化13年(1816年)に長州藩士が発見したとされるが、拓本のみで実物は未見と...