広島廿日市

乳母堰追慕の碑(広島県広島市安佐北区)

うばぜきついぼのひ文政年間(1818~1831年)に長らく広島藩主(大名)の乳母を務めた褒美として、“おしゆん”という女性が井堰(用水路)造営を嘆願して実現させた乳母の徳を讃えた顕彰碑が大正時代に建てられた『日本の伝説21 広島の伝説』(角...
広島廿日市

蛇王池の碑(広島県広島市安佐南区)

じゃおういけのひ阿武山に棲む大蛇が害をなすため、八木城主・香川光景の同族である香川勝雄(武人)が名乗り出て退治した(化け物退治)勝雄が大蛇の首を刎ねたところ、首が落ちた場所が血で沼のようになって池ができた供養の石碑は、昭和27年(1952年...
豊橋豊川新城

鳥居強右衛門磔死之趾(愛知県新城市)

とりいすねえもんたくしのあと長篠の戦いの時、包囲された長篠城から抜け出して援軍を要請した鳥居強右衛門(武人)は、城へ戻る途中で武田方に捕まった援軍が来ないと嘘を言えば命を救うとされるが、強右衛門は味方に援軍到着を伝え刑死した(刑場)『日本の...
岡崎豊田刈谷

大浜熊野大神社 菊女の碑(愛知県碧南市)

おおはまくまのおおじんじゃ きくじょのひ 享保3年(1718年)幕府の捕吏に村人多数が暴行を加えた責を負って(騒動)、加藤友右衛門(名士)は伊豆大島へ流罪となった妻の菊女(貞女)は熊野大神社でお百度を繰り返し、写経の一部と自筆の手紙を添えて...
一宮小牧瀬戸

十五の森跡(愛知県春日井市)

じゅうごのもりあと明応3年(1494年)、毎年起こる川の氾濫に対し「15歳となる娘を龍神の生贄にすべし」との占い師の言に従ったくじで庄屋の娘が人柱となり、箱ごと土手に埋められた後、水害は収まった埋められた地は叢林となり、“十五の森”と呼ばれ...
名古屋

日吉丸生母祈願の地(愛知県名古屋市中村区)

ひよしまるせいぼきがんのち豊臣秀吉の母が男児出生を祈って日参し、秀吉を産んだとされる(生誕伝説)この地には記念碑と日之宮神社があるが、元は日吉神社で、幼名の日吉丸の由来となっている(姓名の由来)『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書店)p.2...
一宮小牧瀬戸

長松寺 小平治弘法(愛知県大口町)

ちょうしょうじ こへいじこうぼう酒浸りの大工の小平治は、橋の修理で庄屋にあしらわれてから改心し、喜捨を集めて村中の橋を石橋に替えたその死後、長松寺境内に顕彰碑が建てられ、そこに弘法大師(空海)の姿が彫られた空海像の左目が、小平治と同じく失明...
館山南房総

請雨塔(千葉県南房総市)

しょううとう明和8年(1771年)に日運寺の日敬が堀切堰で、失敗の場合は焼身すると約して祈雨して雨を降らせた(雨乞い伝説)その後、入定の行をおこなっていた日鑑も堀切堰(池)で雨乞いをおこなったこれらの功績を称えて後に建てられたのが請雨塔(顕...
館山南房総

源頼朝上陸地(千葉県鋸南町)

みなもとのよりともじょうりくち伊豆の石橋山の戦いで破れた後、海路を経て安房国へ向かった源頼朝が上陸した地で、石碑が立つ上陸の際にサザエ(貝)の角で足を傷めた頼朝が叱責したため、この地のサザエは角が生えなくなった(変種の起源)『日本の伝説6 ...
東金九十九里

日西墨三国交通発祥記念之碑(千葉県御宿町)

にちせいぼくさんごくこうつうはっしょうきねんのひ慶長14年(1609年)にメキシコに向かうスペイン船が座礁して多数の死者が出た(歴史的事件)ドン・ロドリゴ総督(西洋人)らは救助され、後に将軍・徳川秀忠と謁見してメキシコとの直接交易の許可を得...