遺跡

佐渡

▲達者銅山跡(新潟県佐渡市)

たっしゃどうざんあと小筵山鉱山とも呼ばれる朝方、山へ登ろうとすると、美しい声が山から聞こえてきた(声の怪)山に入ると美しい女性が歩いているのが見えたので、後をつけると小筵山で消えてしまったその後鉱山が見つかったので、鉱山が早く掘って貰いたい...
高槻茨木池田

桜井駅跡(大阪府島本町)

さくらいえきのあと楠木正成が湊川の戦いに赴く直前に息子の正行と対面、戦いに加わらず郷里へ戻るよう諭して別れた地親子の情愛を示す逸話として明治時代以降数多くの顕彰碑が建った『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.111日本伝承大鑑:大阪府...
八尾河内長野

交野天神社 樟葉宮跡(大阪府枚方市)

かたのてんじんじゃ くすはのみやあと桓武天皇が父の光仁天皇を祀るための地としたことが始まりとされる(創建伝説)明治以降、継体天皇が即位(507年)して行宮となった樟葉宮の跡(行宮跡)ともされた現在、行宮跡は交野天神社内の叢林となっている『日...
八尾河内長野

神立茶屋辻(大阪府八尾市)

こうだちちゃやつじ在原業平が大和より通って逢瀬を重ねた女・梅野が住んでいたとされる茶屋の跡(屋敷跡)梅野が飯を自分でよそうところを、屋敷の東窓から覗き見した業平は興醒めして逃げ去り、気付いた梅野は後を追ったが見失い、自害した(悲恋伝説)この...
八尾河内長野

誉田八幡宮 おうまやの跡(大阪府羽曳野市)

こんだはちまんぐう おうまやのあと田辺伯孫(豪族)は酒に酔った帰り、応神天皇陵(古墳)の辺りで立派な赤馬に乗った人と出会い、自分の馬と交換した翌日厩に行くと赤馬は赤埴(像)の馬になっており、古墳に戻って自分の馬を見つけると再度交換した『日本...
泉大津岸和田

茅渟宮跡(大阪府泉佐野市)

ちぬのみやあと允恭天皇は皇后の妹姫であった衣通姫を寵愛するが、皇后の嫉妬を怖れてこの宮に住まわせた天皇は狩猟にかこつけて度々この地を訪れたが、皇后に釘を刺され会わなくなっていった(近親の確執:行宮跡)それに対して衣通姫は「とこしへに 君もあ...
泉大津岸和田

諸兄塚(大阪府岸和田市)

もろえづか全長130m、高さ8mの、4世紀頃に造られた前方後円墳久米田寺に隣接する古墳であることから、ゆかりのある橘諸兄(皇族)の墓であるとされた戦国時代に三好実休(戦国武将)が陣を敷いたことから、貝吹山城跡とも呼ばれる『日本の伝説8 大阪...
八尾河内長野

堤根神社 茨田堤(大阪府門真市)

つつみねじんじゃ まんだのつつみ仁徳天皇時代に造営された堤防の名残が、約30mほど続く堤完成のため人柱に選ばれたうち、茨田連衫子(まんだのむらじころもこ)は瓢箪が沈めば人柱になると誓い、人柱を免れた堤根神社が衫子ゆかりの地とされ、“浮かびひ...
大阪

強頸絶間跡(大阪府大阪市旭区)

こわくびたえまあと仁徳天皇の頃、淀川治水のために茨田の堤(堤防)を造るが、2箇所の決壊点(絶間)があるため、2人の人柱を立てたうち一人の武蔵強頸は嘆き悲しみながらも、命ぜられるまま人柱となった『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書店)p.18...
輪島珠洲

棚木城址 米流し坂(石川県能登町)

たなぎじょうし こめながしさか上杉謙信の能登侵攻の時に長景連(戦国武将)が籠城したが、落城した(落城伝説)水があるように見せるため坂から白米を流したが、鳥が米をついばんだため計略がばれて城が落ちた(白米城伝説)『日本の伝説12 加賀・能登の...