祠堂

高崎安中富岡

岩窟観音堂(群馬県高崎市)

いわやかんのんどう熊谷直実の愛馬であった権田栗毛は一の谷の戦いで傷ついたため、生まれ故郷に戻されたしかし生家は既になく、周囲を彷徨った権田栗毛が落とした母衣(馬具)に包まれていた観音像(仏像)を祀った(名馬伝説)『日本の伝説27 上州の伝説...
高崎安中富岡

お母衣明神(群馬県高崎市)

おほろだいみょうじん権田栗毛の生まれた場所とされる(生誕地)熊谷直実の愛馬であった権田栗毛は一の谷の戦いで傷ついたため、生まれ故郷に戻されたしかし生家は既になく、絶望して周囲を彷徨った権田栗毛が落とした母衣(馬具)を死後祀った(名馬伝説)『...
高崎安中富岡

柳原馬頭観音堂(群馬県高崎市)

やなぎわらばとうかんのんどう源義家が東征の途中、馬が蹄を痛めて立ち往生したため、京都清水寺の観音に祈願した柳の木の上に馬頭観音が出現、たちまち馬の傷が治り、この地に馬頭観音像を安置して柳の木を植えた(創建伝説)『日本の伝説27 上州の伝説』...
高崎安中富岡

小祝神社旧跡(群馬県高崎市冷水町)

おぼりじんじゃきゅうせき和銅7年(714年)池から怪光が発するので確かめると、赤い目で首が白い亀が池から這い出てきたこれを朝廷に献上したところ、元号が霊亀となったとされる池の水で目を洗うと、はやり目が治る(眼病)『日本の伝説27 上州の伝説...
前橋伊勢崎

鳳来寺峯薬師堂(群馬県渋川市)

ほうらいじみねやくしどう利修仙人が大宝2年(702年)に三河国の鳳来寺を開基した際、霊木を伐って3体の仏像を刻んだうちの一体を祀ることから“鳳来寺”の名がつく(名称の由来:創建伝説)薬師堂自体は慶長5年(1600年)に建立された『日本の伝説...
沼田草津

八束脛神社(群馬県みなかみ町)

やつかはぎじんじゃ八束脛という巨人が石尊山中の洞穴に棲み、夜な夜な山を下りて村を荒らしていた村人が後をつけ、洞穴を上り下りする藤蔓を伐って下りられないようにした数年後八束脛は白骨となっており、それを祀る祠を建てた(創建伝説)八束脛は、奥州安...
前橋伊勢崎

龍神宮(群馬県伊勢崎市)

りゅうじんぐう広瀬川(河川)の底に龍宮に繋がる場所があるとされ、浦島太郎と同様の伝説が残る阿感坊という者が淵に鉈を落としたため潜っていくと、底に御殿があり乙姫がそこにいた3日間だけ鉈(刃物)を貸して欲しいと頼まれ、3日後に戻ると3年の月日が...
前橋伊勢崎

虎姫観音(群馬県前橋市)

とらひめかんのん酒井忠清(大名)に召し出されたお虎は、嫉妬から罠にはめられ(嫉妬猜疑)、生きたまま蛇と共に箱に詰められ淵に沈められた(子女受難)沈められる際「城を取り潰し、七代まで祟る」と言い放ったとされる以降毎年利根川(河川)が氾濫し、前...
前橋伊勢崎

安楽寺 不動堂(群馬県前橋市)

あんらくじ ふどうどう武田勝頼が攻め込んできてお堂が焼かれたが、その灰が捨てられた橋では落馬する者が続出した(罰を与える)橋の近くで怪光が現れ、見ると川岸に不動明王像(仏像)があったため、再びこれを祀った『日本の伝説27 上州の伝説』(角川...
桐生太田館林

茂林寺 守鶴堂(群馬県館林市)

もりんじ しゅかくどう吾妻郡青雲寺の住職だった四角が、茂林寺開山の正通上人に拾われたのが守鶴(僧侶)とされる守鶴は湯が尽きることがない茶釜を持っており、分福茶釜と称された100年以上歴代住職に仕えたが、守鶴の正体は古狸であり、茶釜も自身が化...