神社

広島廿日市

滕池明神(広島県大竹市)

ちきりいけみょうじん九州からやって来た市杵島姫命(宗像三女神)が厳島へ向かう途中、この坂道を通りがかった子を背負い機織道具を持っており、あまりに重いため滕を池に投げ棄てた池はその後埋め立てられ、その上に祠が建てられた(創建伝説)『日本の伝説...
広島廿日市

大頭神社(広島県廿日市市)

おがしらじんじゃ厳島神社(一之宮)の境外摂社として建てられる厳島神社の神烏4羽がこの地に飛来、御烏喰式(祭礼)をこの社でおこなうその後、親鳥のつがいは紀州熊野へ去り、子のつがいは弥山に戻って厳島神社の御烏喰式の神烏を務めるとされる(四鳥の別...
広島廿日市

今伊勢神社(広島県廿日市市)

いまいせじんじゃ伊勢神宮から勧請され、分社された神社で、現在は厳島神社(一之宮)の境外末社厳島合戦(戦国の戦い)のあった要害山にある神社合戦で討ち取られた陶晴賢(戦国武将)を祀っていると言われる『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p....
広島廿日市

幸神社(広島県廿日市市)

さいわいじんじゃ正式名称は道祖神社で、厳島神社(一之宮)の境外末社道祖神を祀るが、本殿裏にある陰陽石(陽石)が御神体であるとされるかつては神社の前に“金鳥居”が置かれていたが、現存せず『日本の伝説21 広島の伝説』(角川書店)p.19広島県...
岡崎豊田刈谷

南朝若宮社(愛知県岡崎市)

なんちょうわかみやしゃ別名は根の若宮社尹良親王が浪合で敗死した後、その一子の良王親王(崎之宮)は乳母らと共に逃げおおせた(後南朝)この地まで来た時に親王は発病し、看病の甲斐なく亡くなり、乳母も悲しみのあまり死んだ境内には親王および乳母を葬っ...
豊橋豊川新城

川宇連神社(愛知県豊根村)

かわうれじんじゃ後醍醐天皇の孫にあたる尹良親王(後南朝)がこの地に滞在したと伝えられ、祭神となっている境内にあるハナノキ(木本)は、親王が使った箸が根付いたものであるまた親王が滞在した地ということで“御所平”の地名が残る(地名の由来)『日本...
岡崎豊田刈谷

六所神社(愛知県豊田市)

ろくしょじんじゃ文政8年(1825年)、六所神社の舞台を改築した際、壁塗りの土をこねる時に便所桶に入れた水を使った踊りの稽古の夜、3日続けて怪異が起こり(怪火・音の怪)、最後に異形のものが姿を見せた(神威を見せる)神への不浄を咎められたと認...
岡崎豊田刈谷

糟目犬頭神社(愛知県岡崎市)

かすめけんとうじんじゃ貞和2年(1346年)、上和田城主の宇都宮泰藤(南北朝の武将)が犬を連れて狩りをした帰り、この神社の木陰で休んだ泰藤が寝ていると急に犬が吠えだし鳴き止まなかったため、その首を刎ねた首は高く舞い、泰藤を狙っていた大蛇に噛...
豊橋豊川新城

左兵衛塚/神明社(愛知県設楽町)

さひょうえづか/しんめいしゃ土地の豪族であった後藤高春が伊勢国の二見浦でいただいた石(霊石)が、神明社の御神体であったある時、明石左兵衛という浪人が捕り方に追われ(罪人)、この神明社の社殿に逃げ込んだ左兵衛にに気付いた庄屋が鉄砲(鉄砲火薬)...
豊橋豊川新城

粕塚八幡宮(愛知県新城市)

かすづかはちまんぐうこの周辺に屋敷を構えていた米福長者が、酒を造った後の粕をまとめて捨てた場所とされる明治時代に長者ゆかりの神社から財宝の在処を記したような木札が見つかり、この地が掘り返された(財宝伝説)『日本の伝説7 愛知の伝説』(角川書...