神社

千葉木更津

吾妻神社(千葉県木更津市)

あづまじんじゃ上総に上陸した日本武尊の一行が、走水で入水した弟橘媛の着物の袖(衣類)を発見して祀った(袖ケ浦の地名の由来)日本武尊一行が姿を映して身支度した、あるいは弟橘媛の遺品の鏡を沈めたとされる鏡池がある『日本の伝説6 房総の伝説』(角...
千葉木更津

吾妻神社(千葉県袖ケ浦市)

あづまじんじゃ弟橘媛の遺体を車で運んでいたが、途中で動かなくなってしまったため、その地に埋葬した吾妻神社内にある臂松古墳が墓所とされる三黒の地名は弟橘媛の遺骸(むくろ)が転訛したものとされる(地名の由来)『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書...
千葉木更津

姉埼神社(千葉県市原市)

あねさきじんじゃ日本武尊が東征の折、航行安全のために風の女神(志那斗弁命:記紀神話の神)を祀ったのが始まり女神は夫神(志那津彦命)の帰りを待ちわび「待つ」ことを忌んだため、「松」を植え飾ることが禁忌となった『日本の伝説6 房総の伝説』(角川...
千葉木更津

建市神社(千葉県市原市)

たけしじんじゃ日本武尊の東征の折に近くの小高い丘で休息をしたことから、村人が祀った(創建伝説)かつて周辺が笹藪で、盗賊がここに逃げ込んで隠れたことから、泥棒を守護する神社と言われた『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.56千葉県市原市...
佐倉成田銚子

川口神社(千葉県銚子市)

かわぐちじんじゃ別名は歯櫛(白紙)明神延命姫という長者の娘と安倍晴明が婚約したが、姫が醜女であったため晴明は逃げだし、海に飛び込んで自殺したように見せかけた姫は晴明が死んだものと思い、後を追って海に飛び込んで自害した(悲恋伝説)姫の歯(歯・...
佐倉成田銚子

東大社(千葉県東庄町)

とうだいしゃ日本武尊東征の跡を行幸した景行天皇が7日滞在し、東海の守護として建てた(創建伝説)御神体は海中から出てきた霊玉(宝物)とされる康和4年(1102年)に海上が何日も荒狂った(津波?)ため、宣旨を受けて鎮めたこの功により、玉子大明神...
佐倉成田銚子

山倉大神(千葉県香取市)

やまくらだいじん弘仁2年(811年)に創建された、第六天王社の総社霜月初卯の日におこなわれる祭礼に合わせて、鮭が栗山川を遡上してくる「災いをさける」風邪や病気平癒の護符として鮭の黒焼きが分けられる(特別な授与品)『日本の伝説6 房総の伝説』...
船橋松戸野田

将門神社(千葉県我孫子市)

まさかどじんじゃ討死した平将門の霊(幽霊)が、遺臣と共に手賀沼を騎馬で渡って、この地で朝日が昇るのを拝した将門はこの地で幼少期を過ごしたとされる周辺の者は将門を崇敬し、成田山参拝をしないなどの禁忌を守っている『日本の伝説6 房総の伝説』(角...
佐倉成田銚子

将門口ノ宮神社(千葉県佐倉市)

まさかどくちのみやじんじゃ祭神は平将門と佐倉惣五郎で、将門神社と口ノ宮神社(惣五郎を祀る)が合祀されて創建一帯は将門山と呼ばれ、将門が居館を構えていたとされる『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.27千葉県佐倉市 大佐倉
船橋松戸野田

木幡神社(千葉県野田市)

きはたじんじゃ坂上田村麻呂が蝦夷追討の際にこの地に泊まり、戦勝祈願をしたとされる平将門を祀る神社であったが、逆賊とされるのを怖れて平将門像(貴人像)を大黒天と称して社殿裏の小祠に祀った『日本の伝説6 房総の伝説』(角川書店)p.26千葉県野...