日田竹田禰疑野神社(大分県竹田市) ねぎのじんじゃ3人の土蜘蛛(打猨・八田・国摩呂)が盤踞した土地で、討伐に来た景行天皇との戦がおこなわれた天皇が自ら敵を退治し、将兵をねぎらったことから地名となった(地名の由来)土蜘蛛を退治したことから、虫封じ(虫除け)の御利益がある『日本の... 2025.03.16日田竹田
日田竹田城原八幡社(大分県竹田市) きばるはちまんしゃ景行天皇が土蜘蛛退治をおこなった時の行宮跡で、敵の抵抗が激しかったため一旦引き上げて軍を整えた地とされる応神天皇の時代に景行天皇を祀る地とされ、天安2年(858年)に八幡神のお告げにより八幡社となった江戸時代には岡藩の総鎮... 2025.03.16日田竹田
日田竹田宮処野神社(大分県竹田市) みやこのじんじゃ土蜘蛛退治に親征した景行天皇の行宮跡に天皇を祀ったことが始まりとされる嵯峨天皇(上皇)に仕えた采女(直入擬大領・吉野廣雄の娘の腎媛)が上皇崩御後に郷里に戻って剃髪し、下賜された品を境内に埋めて菩提を弔ったその兄が采女のために... 2025.03.16日田竹田
日田竹田籾山八幡社(大分県竹田市) もみやまはちまんしゃ景行天皇が土蜘蛛(熊襲とも)退治の際に戦勝祈願した三柱の神(志我神・直入物部神・直入中臣神)のうち直入物部神(その他の神々)を祀る景行天皇の腰掛け石が記念碑の上に置かれている『日本の伝説49 大分の伝説』(角川書店)p.... 2025.03.16日田竹田
日田竹田森八幡社(大分県竹田市) もりはちまんしゃ緒方惟栄(源平の武将)を頼ってきた源為朝が峠から矢を放ち、それが刺さった場所に鶴岡八幡宮を勧請した(創建伝説)この時、2人の翁が為朝を惟栄の許まで案内したので“案内迫”と呼んでいたのが“穴井迫”の地名の由来となったとされる『... 2025.03.16日田竹田
臼杵佐伯俵積神社(大分県豊後大野市) たわらづみじんじゃ境内奥の巨石は、草綿を詰めた俵、あるいは沈んだ船に積んであった米俵が石になったものとされる(化身した石)景行天皇が当地の2人の土蜘蛛を退治し、村の者が布(織布)を献上したため、この地に宇奈岐比古・宇奈岐日女(その他の神々)... 2025.03.15臼杵佐伯
大分別府早吸日女神社(大分県大分市) はやすいひめじんじゃ神武天皇の東征(神武東征)の折、海女の黒砂・真砂の姉妹が、海底に住む大蛸から神剣を取り上げて奉じたこの神剣(刀剣)を御神体として創建された神社(創建伝説)神剣を守る蛸を眷属(神使)とし、蛸の絵を奉納して蛸を一定期間食べな... 2025.03.15大分別府
大分別府梅の木天神社(大分県大分市) うめのきてんじんしゃこの地に住む藤原近里が太宰府天満宮に参籠し、夢で梅の一枝を授かった帰郷後枝を植えたところ成長し、枝がうねり曲がる形から臥竜梅と呼ばれるようになった(変種の起源)後に大友宗麟が見物に来て、家来に枝を折らせた途端、家来が神懸... 2025.03.15大分別府
大分別府姫之宮春日社(大分県大分市) ひめのみやかすがしゃ大友氏鑑(南北朝の武将)が大友親世に滅ぼされた時、氏鑑の姫君は城から逃げる途中で自害した(落城伝説)手に掛けた乳母は姫を葬り、目印の楠の木を植えると、九六位山まで落ち延びて自害した姫の供養に木のそばに春日社が建てられ、命... 2025.03.15大分別府
日田竹田白鳥神社(大分県九重町) しらとりじんじゃ朝日長者の初代がこの地に来た時に建立した神社娘の婚礼の際に鏡餅(食品食材)を的に矢を射たところ白鳥となったが、白鳥神社の神使であるといわれたそれ以来朝日長者は没落し(長者の没落)、神社には長者を祀る祠がある『日本の伝説49 ... 2025.03.15日田竹田