大名

鹿児島霧島

和気神社(鹿児島県霧島市)

わけじんじゃ宇佐八幡宮神託事件で流罪となった和気清麻呂の配所跡に造られた神社島津斉彬(大名)の命で調査をして配流地と確定、昭和21年(1946年)に社殿が建立された(創建伝説)『日本の伝説11 鹿児島の伝説』(角川書店)p.60鹿児島県霧島...
鹿児島霧島

持明院様(鹿児島県鹿児島市)

じみょういんさあ通称“ジメサア”島津義久(戦国大名)の三女で、島津家久(大名)の正室となった亀寿(持明院)の石像(貴人像)人格は優れていたが、器量が良くなかったため、その死後より石像に化粧する風習が伝わった(化粧する像)石像に化粧すると美人...
高槻茨木池田

能因塚(大阪府高槻市)

のういんづか三十六歌仙(歌人)・能因法師の墓所歌人・伊勢の作風に憧れ、伊勢の隠棲地(伊勢寺)のそばで生涯を終えたとされる墳墓そばに建つ顕彰碑は、慶安3年(1650年)高槻藩主・永井直清(大名)が建てたもの『日本の伝説8 大阪の伝説』(角川書...
高槻茨木池田

佐井寺 佐井の清水(大阪府吹田市)

さいでら さいのしみず行基が祈願して湧き出した湧水で、眼病に効験があるとされる“吹田の三名水”とされ、慶安2年(1649年)京都所司代・板倉重宗(大名)の母がこの水で眼病を治したことから鐘を寄進している現在は水源から佐井寺境内に水が引かれて...
八尾河内長野

御殿山神社(大阪府枚方市)

ごてんやまじんじゃ惟喬親王が見晴らしの良さから東屋を建てた丘に建つ神社江戸時代初期に淀藩主永井氏(大名)によってこの丘に陣屋が建てられ、御殿山という地名の由来となった現在の神社は明治3年(1870年)に創建されたもの『日本の伝説8 大阪の伝...
大阪

善福寺(大阪府大阪市天王寺区)

ぜんぷくじ通称・どんどろ大師と呼ばれ、大坂城代だった土井利位(大名)の屋敷がそばにあり、“土井殿の大師”と呼ばれたのが、“どんどろ”の名称の由来人形浄瑠璃(演劇)『傾城阿波鳴門』で母子が邂逅する場面に設定されている元は鏡如庵という寺院があっ...
輪島珠洲

諸橋稲荷神社(石川県穴水町)

もろはしいなりじんじゃ加賀宝生流の祖である諸橋権之進(能狂言師)家が代々能太夫を務めていた神社宝暦6年(1756円)に権之進が面を神社に奉納しているが、その一面が権之進が釣り中に海中より現れた“潮吹きの尉面”とされるその後“潮吹きの尉面”は...
加賀小松

山口玄蕃宗永首塚(石川県加賀市)

やまぐちげんばむねながくびづか大聖寺城主であった山口玄蕃(大名)は関ヶ原の戦いの折、東軍の前田利長に城を攻められた落城寸前で嫡子・修弘と共に城を脱出したが、最後は城下で自害した首級が埋められた場所に首塚が建っている(修弘の首塚は現在全昌寺に...
加賀小松

大聖寺城址(石川県加賀市)

だいしょうじじょうし関ヶ原の戦いの時に、大聖寺城主の山口玄蕃(大名)は西軍に属し、東軍の前田利長によって討ち果たされたその後前田家の藩士が城跡の錦城山に登ると、かんざし(装身具)を挿した蛇やお歯黒をつけた蛇に襲われた(落城伝説:祟り)これら...
金沢

高鞆神社 大石(石川県金沢市)

たかともじんじゃ おおいし加賀藩主の前田利常(大名)が能登国富来町から庭石として運ばせた、亀の姿によく似た名石港から城に運ぶ途中、この地で首の部分が折れたためそのまま放置された大正15年(1926年)に高鞆神社の境内に移設された亀石(志賀町...